Mark&Maki with Jesus
2005年4月に結婚したクリスチャン国際結婚カップルです。イエスと共に歩む結婚生活、育児、恋愛観などなどを気ままに綴っていこうと思います☆
2009-12-12 09:54 |
カテゴリ:今日のごはん
絵本ってほんまにいいな〜と子育てをしててつくづく思う。
兄弟の中で一番の本好きなうちは、やっぱり小さい頃親に本を読んでもらった
記憶が一番多い。
本好きのボーイズ達も(特にノア!!)一日何十冊もの本を「読んでくれ〜」とせがむ。
感謝なことに、色々な方達からプレゼントしてもらったり、ゆずってもらったり、で
父親に作ってもらった大きな本棚はすでにいっぱい・・・。
ブロックと並んで家のじゅうたんに散らばるのは本たち。
不思議なことに、絵本を読むと、昔読んでいた(もらっていた)その情景をありありと思い出す。
その時の自分の気持ちや、どんなとこで誰に読んでもらってたか、匂いまでも。
「思い出絵本」を読むとその時代にタイムスリップできる。
クリスチャンになった今、クリスマスになると素晴らしい神様の摂理も見える。
昔家にあった絵本の中には、実はイエス様のことが書かれた絵本も
たくさんあったんやってことに気づく。
「聖書物語」
↑いつやったか忘れたけど母親にもらったクリスマスプレゼント。
違うもんを期待してたうちはちょっとがっかりしたのは覚えてる。笑
でも今なら分かる。この本こそが世界で一番高価な贈り物やったってことが。
「クリスマスのおくりもの」
↑たくさんある絵本の中でもこの絵本はなぜかずっと記憶に残ってる。
前本屋で見つけて感動してさっそく手にとり読んでみると、なんやこれもイエス様の話やん
母親はクリスチャンでもなんでもなかったけど、神様のご計画はすばらしい
こんなこともあるから、ママ友へのプレゼントによく絵本を贈るうち。
その中でも、ダントツ今年のおすすめクリスマスプレゼントは↓これ。
「したきりすずめのクリスマス」
日本人なら誰でも知ってるような童話を、聖書的な観点から優しく説く。
「うちクリスチャンやねん。」って知ってる仲のいいママ友には贈りやすい。
「ジーザス バイブル ストーリー」
↑数ある子ども向けバイブルの中でも一番のおすすめがコレ!!
マークの弟からプレゼントされ、大のお気に入りやったのが日本語訳されたって
ことでめっちゃ喜んでる。神様中心で、ただのストーリーで終わるのでなく、それから
一体何を学べるのか、私達にどういう関係があるのかっていう視点でも読める。
1人で読むには小学生以上やろうけど、ノアは1歳前から喜んで聞いてるよ。
「たいせつなきみ」
↑わざわざ説明せんでもみんな知ってるやろう、マックスルケード「たいせつなきみ」
シリーズの第一作目。毎年誰かに贈ってる大大好きな絵本。
人の目を気にすることなく、ありのままの自分を神様に受け入れられる事の喜びと安心感、
大切さが教えられる。
「サンタおじさんのいねむり」
↑番外編。
小さい頃、家でなぜかずっと読んでてすんごいお気に入りやった絵本の1つ。
なーんで好きやったんかは覚えてへんけど、これ読むたびあのクリスマスのうきうき感を
感じてたよ。
みなさんの思い出絵本は何ですか。
クリスマスの時に、絵本を通して子供たちの心に蒔かれる種が、いつの日か
たっくさんの実りを実らせますように。
兄弟の中で一番の本好きなうちは、やっぱり小さい頃親に本を読んでもらった
記憶が一番多い。
本好きのボーイズ達も(特にノア!!)一日何十冊もの本を「読んでくれ〜」とせがむ。
感謝なことに、色々な方達からプレゼントしてもらったり、ゆずってもらったり、で
父親に作ってもらった大きな本棚はすでにいっぱい・・・。
ブロックと並んで家のじゅうたんに散らばるのは本たち。
不思議なことに、絵本を読むと、昔読んでいた(もらっていた)その情景をありありと思い出す。
その時の自分の気持ちや、どんなとこで誰に読んでもらってたか、匂いまでも。
「思い出絵本」を読むとその時代にタイムスリップできる。
クリスチャンになった今、クリスマスになると素晴らしい神様の摂理も見える。
昔家にあった絵本の中には、実はイエス様のことが書かれた絵本も
たくさんあったんやってことに気づく。
「聖書物語」
↑いつやったか忘れたけど母親にもらったクリスマスプレゼント。
違うもんを期待してたうちはちょっとがっかりしたのは覚えてる。笑
でも今なら分かる。この本こそが世界で一番高価な贈り物やったってことが。
「クリスマスのおくりもの」
↑たくさんある絵本の中でもこの絵本はなぜかずっと記憶に残ってる。
前本屋で見つけて感動してさっそく手にとり読んでみると、なんやこれもイエス様の話やん

母親はクリスチャンでもなんでもなかったけど、神様のご計画はすばらしい

こんなこともあるから、ママ友へのプレゼントによく絵本を贈るうち。
その中でも、ダントツ今年のおすすめクリスマスプレゼントは↓これ。
「したきりすずめのクリスマス」
日本人なら誰でも知ってるような童話を、聖書的な観点から優しく説く。
「うちクリスチャンやねん。」って知ってる仲のいいママ友には贈りやすい。
「ジーザス バイブル ストーリー」
↑数ある子ども向けバイブルの中でも一番のおすすめがコレ!!
マークの弟からプレゼントされ、大のお気に入りやったのが日本語訳されたって
ことでめっちゃ喜んでる。神様中心で、ただのストーリーで終わるのでなく、それから
一体何を学べるのか、私達にどういう関係があるのかっていう視点でも読める。
1人で読むには小学生以上やろうけど、ノアは1歳前から喜んで聞いてるよ。
「たいせつなきみ」
↑わざわざ説明せんでもみんな知ってるやろう、マックスルケード「たいせつなきみ」
シリーズの第一作目。毎年誰かに贈ってる大大好きな絵本。
人の目を気にすることなく、ありのままの自分を神様に受け入れられる事の喜びと安心感、
大切さが教えられる。
「サンタおじさんのいねむり」
↑番外編。
小さい頃、家でなぜかずっと読んでてすんごいお気に入りやった絵本の1つ。
なーんで好きやったんかは覚えてへんけど、これ読むたびあのクリスマスのうきうき感を
感じてたよ。
みなさんの思い出絵本は何ですか。
クリスマスの時に、絵本を通して子供たちの心に蒔かれる種が、いつの日か
たっくさんの実りを実らせますように。
タイトルにあるように、今「Stand〜立ち上がる選択」の著者大藪順子さんが
来日してるそうだ。聞いた時はめっちゃテンション上がったさ
大藪さんは、自身のレイプ被害から立ち上がり、同じような性的暴力の被害者の
「顔」を写真に納め、講演や写真展を開きアメリカで大活躍しているカメラマンの女性。
ニュースの一報でしか知られない「レイプの被害者。○代の女性」という存在
ではなく、人格もあり、未来もある1人の「人間」としての存在をこの世に示したかったのかも
しれない。本当に1人1人の「顔」は強烈なインパクトを与える。
来日中の詳しいスケジュールは、ジョシーがブログに載せてくれるみたいなので、
うちも分かったらUPするよ。
まずは、今週土曜日愛知県蒲郡(がまごおり)市博物館 ギャラリーで
大藪順子写真展&講演会が開催されるよ。ジョシーの教会「国際クリスチャンバプテスト
教会」も協賛してるんやって。近場の人はぜひ足を運んでみてね。
なんでかな〜「Stand」のまとめっていうか、学んだ事を書こうと思ってるのに
全然うまくまとまらへんくて、いつも下書きで止まったままなんで、大藪さんの
来日をキッカケに、このブログ読者のみんなが直接大藪さんから感じて、学んで、
知ってもらうことがあったらな〜なんて。
最近、レイプだけでなく、女性・子どもに関わる社会問題、トピックを本で読む機会が
多い。 虐待、ドメスティックバイオレンス(DV)、デートレイプなど。
異なるテーマやのに、根本的問題の原因は全部同じやったり、繋がってることが
興味深い。
多くの本には、結論はない。希望も見えてこない。完璧な解決策もない。
「なんでこんなことが起きてんの?」ってどんよりしてしまうような現実もこれでもかっ!
ってくらい突きつけられる。
それでも、力強く這い上がり、まっすぐ前を向き歩んでるサバイバーもいてる。
大藪さんもそのうちの1人。
でも、彼女の場合はたった1人で立ち上がったんじゃない。
力強く彼女を支え、立たせて下さった方がいたんだ。
レイプ犯を憎み続けて生きる選択ではなく、赦す選択を与えて下さった方。
汚れた体と心を隠し続ける人生ではなく、体も心も癒し、清い人生を与え、同じような
痛みを抱える人を慰めるために自分を明らかにする人生を与えて下さった方。
そんな方がそばにいて下さった。
彼女は決して1人ではなかった。レイプされている、その時でさえ。
・・・でも、なんで、じゃあ、あの時に助けてくれへんかったの?そんなこと簡単に
できるやん?あんなことが起こらへんかったら、こんなに辛い思いをせずに済んだのに!
聖書からの言葉は述べることはできる。なぜか・・・って説明もできる。
でも、サバイバーの人にとっては時としてそんな言葉は届かない。
これこそが究極の選択。
神を一生恨んで、自分の人生も、加害者も憎み続けこの世の陰となり生きて行くか
なぜかは分からないけど、私を愛する神様には何かの目的があるはず。一歩一歩
その目的を全うするため、神に信頼して前を向いて歩き始めるか。
立ち上がることはできる。でも、1人じゃない。転けても、つまづいても、道に迷っても
隣りにいて下さる方がいるから。
うちのこんな言葉よりも、大藪さんの生の声を聞いて欲しい。実際被害を受けた人も
被害を受けた人が身近にいる人も、また加害者の人にも・・・。
来日してるそうだ。聞いた時はめっちゃテンション上がったさ

大藪さんは、自身のレイプ被害から立ち上がり、同じような性的暴力の被害者の
「顔」を写真に納め、講演や写真展を開きアメリカで大活躍しているカメラマンの女性。
ニュースの一報でしか知られない「レイプの被害者。○代の女性」という存在
ではなく、人格もあり、未来もある1人の「人間」としての存在をこの世に示したかったのかも
しれない。本当に1人1人の「顔」は強烈なインパクトを与える。
来日中の詳しいスケジュールは、ジョシーがブログに載せてくれるみたいなので、
うちも分かったらUPするよ。
まずは、今週土曜日愛知県蒲郡(がまごおり)市博物館 ギャラリーで
大藪順子写真展&講演会が開催されるよ。ジョシーの教会「国際クリスチャンバプテスト
教会」も協賛してるんやって。近場の人はぜひ足を運んでみてね。
なんでかな〜「Stand」のまとめっていうか、学んだ事を書こうと思ってるのに
全然うまくまとまらへんくて、いつも下書きで止まったままなんで、大藪さんの
来日をキッカケに、このブログ読者のみんなが直接大藪さんから感じて、学んで、
知ってもらうことがあったらな〜なんて。
最近、レイプだけでなく、女性・子どもに関わる社会問題、トピックを本で読む機会が
多い。 虐待、ドメスティックバイオレンス(DV)、デートレイプなど。
異なるテーマやのに、根本的問題の原因は全部同じやったり、繋がってることが
興味深い。
多くの本には、結論はない。希望も見えてこない。完璧な解決策もない。
「なんでこんなことが起きてんの?」ってどんよりしてしまうような現実もこれでもかっ!
ってくらい突きつけられる。
それでも、力強く這い上がり、まっすぐ前を向き歩んでるサバイバーもいてる。
大藪さんもそのうちの1人。
でも、彼女の場合はたった1人で立ち上がったんじゃない。
力強く彼女を支え、立たせて下さった方がいたんだ。
レイプ犯を憎み続けて生きる選択ではなく、赦す選択を与えて下さった方。
汚れた体と心を隠し続ける人生ではなく、体も心も癒し、清い人生を与え、同じような
痛みを抱える人を慰めるために自分を明らかにする人生を与えて下さった方。
そんな方がそばにいて下さった。
彼女は決して1人ではなかった。レイプされている、その時でさえ。
・・・でも、なんで、じゃあ、あの時に助けてくれへんかったの?そんなこと簡単に
できるやん?あんなことが起こらへんかったら、こんなに辛い思いをせずに済んだのに!
聖書からの言葉は述べることはできる。なぜか・・・って説明もできる。
でも、サバイバーの人にとっては時としてそんな言葉は届かない。
これこそが究極の選択。
神を一生恨んで、自分の人生も、加害者も憎み続けこの世の陰となり生きて行くか
なぜかは分からないけど、私を愛する神様には何かの目的があるはず。一歩一歩
その目的を全うするため、神に信頼して前を向いて歩き始めるか。
立ち上がることはできる。でも、1人じゃない。転けても、つまづいても、道に迷っても
隣りにいて下さる方がいるから。
うちのこんな言葉よりも、大藪さんの生の声を聞いて欲しい。実際被害を受けた人も
被害を受けた人が身近にいる人も、また加害者の人にも・・・。
なんと、このブログ始まって以来、1ヶ月の間まるまる更新0の月を作ってしまった
よりによって、自分の誕生月に・・・
9月は、毎年そうやけど、何かと課題が出て来る月な気がする。
今年は、自分自身のことで悩むって言うより、人間関係つまり人との境界線に
ついて、むっちゃ嫌な経験を通して再確認させられた気がする。
人を赦すことは、その人のためっていうよりも、自分とまた神様の栄光が示される
ためってことや、自分の正統性を示すために怒ったり、謙遜でない態度で
人と接する自分の弱さや、自分のことを憎み、嫌い、好いていない人をも無条件で
愛することの難しさ、また必要性。それを自分自身のいのちをもってして模範を
示して下さったイエスキリストの十字架上での愛。
いや〜色々学ばして頂きました。まだ葛藤してる思いもあるけど、でもずんずん
前進はしてる

そんな中でも、というか、そんな渦中にいたからこそ、かもしれへんけど、
天のお父様には、いっぱいいっぱい贈り物を頂いたと思う
もちろん、上に書いた霊的なトレーニングや学びもそうやねんけど、
うちの話を聞いて、祈って、励まして、アドバイスしてくれる友達の存在が
ものすんごいありがたかったよ
ブログを通して知り合ったえりんぎちゃんと彼女の友達Rちゃんとの
おしゃべり会や(まだ話したいことの10分の1も話してへんって毎回言って
終わってるけど w)ずっと欲しかった年上クリスチャンママ達とのスモール
グループ、そしてノアやタカといつも遊んでくれるチャペルの友達。
同じ年頃の子どもがいる友達との交わり、などなど、いつも以上に彼らとの友情が
心に染みたさ。
ついでに誕生日の時には、「マークとの2人きりのデート」ってすばらしい
時間のプレゼントももらったし、自分のための特別なおされ(おしゃれ)グッツも
もらったし
今月はいくつか下書きしてあるやつ、仕上げて更新できたらいいなぁ〜と
思うよ。
ではでは。

よりによって、自分の誕生月に・・・

9月は、毎年そうやけど、何かと課題が出て来る月な気がする。
今年は、自分自身のことで悩むって言うより、人間関係つまり人との境界線に
ついて、むっちゃ嫌な経験を通して再確認させられた気がする。
人を赦すことは、その人のためっていうよりも、自分とまた神様の栄光が示される
ためってことや、自分の正統性を示すために怒ったり、謙遜でない態度で
人と接する自分の弱さや、自分のことを憎み、嫌い、好いていない人をも無条件で
愛することの難しさ、また必要性。それを自分自身のいのちをもってして模範を
示して下さったイエスキリストの十字架上での愛。
いや〜色々学ばして頂きました。まだ葛藤してる思いもあるけど、でもずんずん
前進はしてる


そんな中でも、というか、そんな渦中にいたからこそ、かもしれへんけど、
天のお父様には、いっぱいいっぱい贈り物を頂いたと思う

もちろん、上に書いた霊的なトレーニングや学びもそうやねんけど、
うちの話を聞いて、祈って、励まして、アドバイスしてくれる友達の存在が
ものすんごいありがたかったよ

ブログを通して知り合ったえりんぎちゃんと彼女の友達Rちゃんとの
おしゃべり会や(まだ話したいことの10分の1も話してへんって毎回言って
終わってるけど w)ずっと欲しかった年上クリスチャンママ達とのスモール
グループ、そしてノアやタカといつも遊んでくれるチャペルの友達。
同じ年頃の子どもがいる友達との交わり、などなど、いつも以上に彼らとの友情が
心に染みたさ。
ついでに誕生日の時には、「マークとの2人きりのデート」ってすばらしい
時間のプレゼントももらったし、自分のための特別なおされ(おしゃれ)グッツも
もらったし

今月はいくつか下書きしてあるやつ、仕上げて更新できたらいいなぁ〜と
思うよ。
ではでは。
2009-08-27 22:47 |
カテゴリ:Sex&Love in God's plan
書ける時にはまとめ書き。書けない時はメール未返信の山・・・。
お心当たりの方、どうぞお許し下さい
数ヶ月前、いや、1年以上前?あーもう時の感覚が全くないけども
教会内での牧師による性的虐待・暴行の問題がとりざたされていた
ことがあったよね。
被害者も加害者も同じ神様にあっての家族なだけに、余計に悲しいし、
ほんまに傷ついたよ。
まとめを書こうと執筆中の(かっこ良く言い過ぎ?w)「Stand〜立ち上がる選択」にも
牧師や宣教師、聖職者から性的被害を受けた人たちの証が幾つも載ってる。
教会内で起こるこの暴力は、実は外の世界で起こる暴力よりも複雑で、卑劣で
より大きい痛みが伴うものなんやと思う。
この事件が起きた時に、同じく牧師という立場である人のブログには、
このような問題がこれ以上起こらないための対策の一つとして、
「牧師夫婦の生活を尊重する」といった類いのことが書かれてた。
日本の多くの教会は、牧師の数が足らなかったり、牧師が教会の仕事の負担を
全て背負わなあかん状態やったり、プライバシーなんてなんのその、ってな
くらい牧師が家庭でゆっくり家族と共に過ごす時間が確保できてないことが
あると聞いた。
まるで、牧師が妻のために、家族のために時間を割く事が「悪」であるかの
ように思う人さえいるらしい。
ちょっと前に読んだある牧師婦人の本にも、ある衝撃の経験談が書かれてあった。
牧師である旦那さんが、宣教旅行か何か教会関係の仕事のため渡米中、奥さんが
車の事故にあった。入院せなあかんほどの重傷で、旦那さんは悩みに
悩んだ末、アメリカ人牧師の一押しで帰国することにしたそうだ。
驚くべきことに、彼の教会員の人たちは、この牧師さんの決断に憤慨し、
数名を残して教会を離れて行ってしまったそうだ!!!
理由として・・・
「神様のために働く!とか言いながら、自分の家族のためにのこのこ神様の
仕事を捨てて帰って来るような牧師のもとにはもういたくない!」だそうだ。
・・・こんな考えの持ち主が、現代の教会にはもういてないよ、と思いたいくらい
うちには衝撃の事実やったよ。
自分の奥さんや子どもが危険な状態にあったり、助けを必要としているのに
それを見捨ててまで、優先するような仕事を神様はみなに要求してるんやろか?
もちろん、状況的に、物理的に、家族のもとに行けない、行かない方が
いい場合もあるかもしらへん。けど、それは外部の人たちがとやかく言う問題じゃ
ないやろ〜。
もし、うちの教会の牧師が、家族より教会の奉仕や行事、教会員のニーズを
満たす事に高い優先順位を置くなら、それこそうちは、そんな教会行きたくない、
と思ってしまう。
牧師だって1人の弱きクリスチャン。尊敬し、従う必要はあるけども、それでも
神様の前では対等な神の家族。
牧師がじっくり、ゆっくり、心静めて神様の御声を聞く時間って必要じゃない?
それと同時に、家族の、特に奥さんの声を聞いてあげる時間も必要じゃない?
全てが全てそうやとは限らないと思うけど、性的問題を起こしてしまう牧師は
夫婦関係が、特にSex関係が、正常に機能していなかった可能性が大きい
んじゃないかな。(これはただの推測やけど・・・)
女性は、心まで気持ちよくなれるSexのためには、ゆっくりと向き合って
一緒に話をしたり、心を分かち合うクオリティーの高い時間が必要なことが
多いと思う。
毎日毎日人の悩みや問題や愚痴を聞くだけ聞いて、心身共に疲れ果て
夜遅く帰って来た、と思ったら、夜中の呼び出し。牧師宅訪問。
こんなんじゃ、落ち着いて牧師夫婦はラブラブタイムとれへんよね
もちろん残業づくしで頑張ってるサラリーマン戦士達も同じ辛い
状況にあるとは思うけど、「牧師」ほど家庭生活というプライバシーにまで
「正統性」を掲げて、侵害されるような職業も他にないような気がする。
緊急の場合はもちろん仕方ないけども、牧師夫婦が
夫婦として向き合うための環境作りを率先してうちらが協力していってあげることが、
結果的に教会がうまく機能するための秘訣なんちゃうかな、と思うねんな。
というようなことを、一般の信者さん(という表現が的確かどうかは分からんけども)
から声を発していって頂けたら嬉しいですね、と上のブロガー牧師さんも
おっしゃってました。
ほんまのところ、牧師の話を聞くよりも、牧師の奥さんの顔を見て学ぶことの
方が多いんかもね。
お心当たりの方、どうぞお許し下さい

数ヶ月前、いや、1年以上前?あーもう時の感覚が全くないけども
教会内での牧師による性的虐待・暴行の問題がとりざたされていた
ことがあったよね。
被害者も加害者も同じ神様にあっての家族なだけに、余計に悲しいし、
ほんまに傷ついたよ。
まとめを書こうと執筆中の(かっこ良く言い過ぎ?w)「Stand〜立ち上がる選択」にも
牧師や宣教師、聖職者から性的被害を受けた人たちの証が幾つも載ってる。
教会内で起こるこの暴力は、実は外の世界で起こる暴力よりも複雑で、卑劣で
より大きい痛みが伴うものなんやと思う。
この事件が起きた時に、同じく牧師という立場である人のブログには、
このような問題がこれ以上起こらないための対策の一つとして、
「牧師夫婦の生活を尊重する」といった類いのことが書かれてた。
日本の多くの教会は、牧師の数が足らなかったり、牧師が教会の仕事の負担を
全て背負わなあかん状態やったり、プライバシーなんてなんのその、ってな
くらい牧師が家庭でゆっくり家族と共に過ごす時間が確保できてないことが
あると聞いた。
まるで、牧師が妻のために、家族のために時間を割く事が「悪」であるかの
ように思う人さえいるらしい。
ちょっと前に読んだある牧師婦人の本にも、ある衝撃の経験談が書かれてあった。
牧師である旦那さんが、宣教旅行か何か教会関係の仕事のため渡米中、奥さんが
車の事故にあった。入院せなあかんほどの重傷で、旦那さんは悩みに
悩んだ末、アメリカ人牧師の一押しで帰国することにしたそうだ。
驚くべきことに、彼の教会員の人たちは、この牧師さんの決断に憤慨し、
数名を残して教会を離れて行ってしまったそうだ!!!
理由として・・・
「神様のために働く!とか言いながら、自分の家族のためにのこのこ神様の
仕事を捨てて帰って来るような牧師のもとにはもういたくない!」だそうだ。
・・・こんな考えの持ち主が、現代の教会にはもういてないよ、と思いたいくらい
うちには衝撃の事実やったよ。
自分の奥さんや子どもが危険な状態にあったり、助けを必要としているのに
それを見捨ててまで、優先するような仕事を神様はみなに要求してるんやろか?
もちろん、状況的に、物理的に、家族のもとに行けない、行かない方が
いい場合もあるかもしらへん。けど、それは外部の人たちがとやかく言う問題じゃ
ないやろ〜。
もし、うちの教会の牧師が、家族より教会の奉仕や行事、教会員のニーズを
満たす事に高い優先順位を置くなら、それこそうちは、そんな教会行きたくない、
と思ってしまう。
牧師だって1人の弱きクリスチャン。尊敬し、従う必要はあるけども、それでも
神様の前では対等な神の家族。
牧師がじっくり、ゆっくり、心静めて神様の御声を聞く時間って必要じゃない?
それと同時に、家族の、特に奥さんの声を聞いてあげる時間も必要じゃない?
全てが全てそうやとは限らないと思うけど、性的問題を起こしてしまう牧師は
夫婦関係が、特にSex関係が、正常に機能していなかった可能性が大きい
んじゃないかな。(これはただの推測やけど・・・)
女性は、心まで気持ちよくなれるSexのためには、ゆっくりと向き合って
一緒に話をしたり、心を分かち合うクオリティーの高い時間が必要なことが
多いと思う。
毎日毎日人の悩みや問題や愚痴を聞くだけ聞いて、心身共に疲れ果て
夜遅く帰って来た、と思ったら、夜中の呼び出し。牧師宅訪問。
こんなんじゃ、落ち着いて牧師夫婦はラブラブタイムとれへんよね

もちろん残業づくしで頑張ってるサラリーマン戦士達も同じ辛い
状況にあるとは思うけど、「牧師」ほど家庭生活というプライバシーにまで
「正統性」を掲げて、侵害されるような職業も他にないような気がする。
緊急の場合はもちろん仕方ないけども、牧師夫婦が
夫婦として向き合うための環境作りを率先してうちらが協力していってあげることが、
結果的に教会がうまく機能するための秘訣なんちゃうかな、と思うねんな。
というようなことを、一般の信者さん(という表現が的確かどうかは分からんけども)
から声を発していって頂けたら嬉しいですね、と上のブロガー牧師さんも
おっしゃってました。
ほんまのところ、牧師の話を聞くよりも、牧師の奥さんの顔を見て学ぶことの
方が多いんかもね。
2009-08-23 22:43 |
カテゴリ:The life with sweet Baby
めっちゃ思いつきで、しかも気分がのってる上に、ボーイズ達も寝てるから
今日は「ぼやきトーク〜育児編〜」なり。
ふ〜、と一息つける最近のうちのブームは、「おうちカフェ
」
前々からスタバに行くのがうちとマークのデートタイム&ストレス発散場やってん
けど、ついに!「エスプレッソマシーン」を購入いたしました。うちの誕生日を先取りした
プレゼントって名目で
笑
カプチーノやラテもできるこの機械をリーズナブルな値段で手に入れた
うちらは、ほぼ毎日コーヒー入れて、研究して、楽しみながら飲んでます

えっっ??そんなにストレスが溜まってるんかって??
答えは、YES and NO。
・・・なんて分かりにくい・・・。でも、実はほんまにそんな感じ。
「もうっやってられるか〜
」って思う瞬間もあれば、
「あ〜もう、ママさんになるってなんてステキ
」と思う瞬間もある。
ま〜育児は実に奥が深そうだ・・・。
前回の記事「育児もブームにのっちゃう?」でエラそうに「育児は聖書に従えば
大丈夫や!」なんて書いたのはいいものの、当たり前ながら聖書を信じる
クリスチャンであれど、試練や困難に直面する。
聖書には、「原則」は書いてるけども、細かい指示はない。
例えば・・・
☆スパンクっていつ、どんな状況の時に、何回、どんな風に、何歳から何歳まで
するべき?もしくはしないべき?
☆子どもがもつ本来の性質(例:好奇心旺盛で何でも見たい、触りたい、知りたいなど)を
どこまで、どうやって、制限または許すべき?
☆聖書には書いてないような生活習慣的なものはどうするのがベスト?
ex 睡眠、起床時間、食べ物、メディアとの付き合い、習い事など
子どもに関わるありとあらゆることを、ほんまに逐一考えていかないとあかんねんな〜。
それも、その子どもの性格と年齢と状況と、そして何よりも聖霊様の導きに合わせて、
その都度対応していかなあかん・・・。(ま、余裕ないことがほとんどやけど
)
でも、実はこんな風に祈って、悩んで、考えて、相談して、試行錯誤しながら
それぞれの家庭や子どもにあった育児ができるってのも、実は育児の醍醐味なんかも。
仮に、聖書に上のようなことがぜーーーーーーーっんぶ事細かに書かれてても、やっぱり
それはそれで気持ち悪いもんね。
大量生産されたロボットみたいな人間になってしまいそう・・・

そもそも、その指示全部に自分の力だけで忠実に従い、こなしていくこと自体が
不可能なことなんやろうけどね
頼れる神様って親分と、聖書っていう知恵の書があるってだけで、(ま〜実はそれが
一番大きいけども)クリスチャンの親もそうでない親も同じ弱い人間やな、と思うな。
昨日は、爆発してノアに怒鳴ってしまった自分をしみじみ振り返りながらこの記事を
書いている次第でございます・・・

明日もアドベンチャーな1日が始まるのである
ほんまに意味わからん、結論なしの記事でごめんなさい 笑
今日は「ぼやきトーク〜育児編〜」なり。
ふ〜、と一息つける最近のうちのブームは、「おうちカフェ
」前々からスタバに行くのがうちとマークのデートタイム&ストレス発散場やってん
けど、ついに!「エスプレッソマシーン」を購入いたしました。うちの誕生日を先取りした
プレゼントって名目で
笑カプチーノやラテもできるこの機械をリーズナブルな値段で手に入れた
うちらは、ほぼ毎日コーヒー入れて、研究して、楽しみながら飲んでます


えっっ??そんなにストレスが溜まってるんかって??
答えは、YES and NO。
・・・なんて分かりにくい・・・。でも、実はほんまにそんな感じ。
「もうっやってられるか〜
」って思う瞬間もあれば、「あ〜もう、ママさんになるってなんてステキ
」と思う瞬間もある。ま〜育児は実に奥が深そうだ・・・。
前回の記事「育児もブームにのっちゃう?」でエラそうに「育児は聖書に従えば
大丈夫や!」なんて書いたのはいいものの、当たり前ながら聖書を信じる
クリスチャンであれど、試練や困難に直面する。
聖書には、「原則」は書いてるけども、細かい指示はない。
例えば・・・
☆スパンクっていつ、どんな状況の時に、何回、どんな風に、何歳から何歳まで
するべき?もしくはしないべき?
☆子どもがもつ本来の性質(例:好奇心旺盛で何でも見たい、触りたい、知りたいなど)を
どこまで、どうやって、制限または許すべき?
☆聖書には書いてないような生活習慣的なものはどうするのがベスト?
ex 睡眠、起床時間、食べ物、メディアとの付き合い、習い事など
子どもに関わるありとあらゆることを、ほんまに逐一考えていかないとあかんねんな〜。
それも、その子どもの性格と年齢と状況と、そして何よりも聖霊様の導きに合わせて、
その都度対応していかなあかん・・・。(ま、余裕ないことがほとんどやけど
)でも、実はこんな風に祈って、悩んで、考えて、相談して、試行錯誤しながら
それぞれの家庭や子どもにあった育児ができるってのも、実は育児の醍醐味なんかも。
仮に、聖書に上のようなことがぜーーーーーーーっんぶ事細かに書かれてても、やっぱり
それはそれで気持ち悪いもんね。
大量生産されたロボットみたいな人間になってしまいそう・・・


そもそも、その指示全部に自分の力だけで忠実に従い、こなしていくこと自体が
不可能なことなんやろうけどね

頼れる神様って親分と、聖書っていう知恵の書があるってだけで、(ま〜実はそれが
一番大きいけども)クリスチャンの親もそうでない親も同じ弱い人間やな、と思うな。
昨日は、爆発してノアに怒鳴ってしまった自分をしみじみ振り返りながらこの記事を
書いている次第でございます・・・


明日もアドベンチャーな1日が始まるのである

ほんまに意味わからん、結論なしの記事でごめんなさい 笑


