プロフィール

Author:Mark&Maki
*Mark*
アイオワ州出身シリアル大好き
アメリカ人。日本在住6年目突入。

趣味:スポーツ(アメフト)、読書
好きなもの:聖書、ギター、Maki(妻)

*Maki*
日本生まれ日本育ちの日本人。
アメリカンとジャパニーズの
いいとこどりを目指している。

趣味:料理&お菓子作り、読書
好きなもの:聖書、映画、Mark(夫)

6月に待望の長男☆望有(ノア)誕生♪
あまりにかわいすぎて、親バカ街道
まっしぐらの2人。ベビーサインと
ホームスクールをしようかと考え中。

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アメリカにいる小心者の日本人。

あは、あんなしょうもないお知らせのあと、一度も
更新しないままにアメリカに来てしまった
書きたいことは山ほどあるけれど、今は時間がないので
とりあえず無事アメリカに着いたよ〜というお知らせ。

なんかね〜もうネタになりそうなくらい最悪なフライトやったんで、
もう日本に帰る飛行機に乗りたくない、という理由だけで
アメリカに住みたいなんて思ってるうち。
デトロイト空港で東京行きのフライトを見て、
吐きそうなくらい落ち込んだし笑
ま、2ヶ月あるからその間に、日本への帰国を前回ごとく
神様がなんらかの方法で励ましてくれると期待するよ・・・。


着いたそうそうは感情的にいっろいろ思うこと、
考えることがあっていっぱいいっぱいやったんやけど、
今回の旅で特に神様に期待してることは「祈りの力」かな。
経済的だけでなく、祈りを通してもアメリカにいるサポーターと
一緒に日本での神様の働きに参加してることをもっと感じたくて。
神様の栄光が見れることほど、嬉しいもんはないしね


この旅で、またいっぱいネタは出てくる(もうすでにたくさんある
やろうけど、とりあえず次回は、ちょっとストップしてた
今までの続きもんシリーズを書く予定でございます。



ではでは。

テーマ : 私的ニュース - ジャンル : ニュース

どーでもいいお知らせ。でも知らせます。

数ヶ月(数年?)ぶりにテンプレートを変えてみました。
まさか、去年の春から変えてなかったとか?というくらい、
春の空気満載だったので・・・。

あと、Izumiちゃんのブログで思い出してアクセス解析チェック
してみたらなぜかカウントされてなくて
なので、設定ついでに衣替え。

人目惚れしたデザインやったものの過去記事がどーも読みにくい!
こんなんあかんわ〜っ、早く変えてくれ!じゃないともう読まへんで
という要望があったら変えることにしますので、
それまでご了承を。(というくらい気にいってる笑)

というか、また来年の夏までほったらかしにしてたりして・・・。

うちの家のまだ済んでいない中途半端な衣替えを見てると
それもなきにしもあらずやな。
今回は、つわり&育児でしんどかったという理由を筆頭に、
アメリカ2ヶ月行き(夏服持って行く)&マタニティー服
着るんやったら、本格的に衣替えせんでもええかな、なんて
誘惑満載のこの季節。
実は家事の中で衣替えとアイロンがけが一番テンション下がる仕事。

テンション下がる仕事といえば、うちの家のカーペット、
まだ洗濯できてへん・・・。
最近までマンションの補修工事でベランダ使えず、あんなばか
でかいの部屋に干せるわけないっ!てので待ってたらもう夏や。
お風呂場でジャバジャバ、迷惑なくらい水を含んだふかふか
カーペット君を洗って、すすいで、しぼって・・・って
考えると妊婦にはゾッとするほど恐ろしい作業やわ。
ま、アメリカ行く前の一仕事で頑張りまーす。


じゃ、遅いのでお休みなさーい。

PS それにしてもやっぱり改行ムズカシイな、このテンプレ。
   要望ある前うちの忍耐なくなって変えるかも。笑

テーマ : つぶやき - ジャンル : ブログ

奴隷解放の日!

神様によって変えられた(変えられてる)Aちゃんの人生劇場の続き、
はじまり、はじまり〜

チャペルに来るようになったAちゃん。そこで彼女は・・・

「そこで、まきさんに出会い週1回神様の話をしてもらうようになりました。
話をする中で、

「人間の心には穴があってそれは神様しか埋める事はできない。
 恋や人の愛は一時的だけど、神様の愛は永遠。
 祈ってみると、神様が答えてくれるよ。」

と教えてもらいました。その話を聞いてから、少しずつ神様の存在を信じはじめて、
「助けて」という小さな祈りを学校やお風呂の中でし始めました。
でも、例えその神様でも私は救いようがないだろうと思っていたし、
神様がいつも側にいてくれるワケがないと思っていました。
また、フラフラ恋をするのがいけなかったり、服を気をつけなくちゃいけない所や、
偶像礼拝がダメとか、クリスチャンって堅くてめんどくさいな、と思っていました。

 
また、私は神社の神様を信じるだけでなく、母の知り合いで霊媒師のお祖母ちゃんを
持ち、霊感があり、人の心や未来が全て見える人に、人生や将来や恋愛について
色々なことを教えてもらっていました。
その人の事をすごく信頼していたし、すごく憧れていたし、依存していました。
でも初めの方は自分の心に変化が見られましたが、根本的な所は変わらず、
変化は一時的でした。

例えば、「本当の自分を出せばいいんだよ」と言われても、どれが本当の自分
なのか分からなかったし、「受けいれればいいんだよ」と言われても、
どう受け入れればいいのか分かりませんでした。

また、いつまでたっても変わらず人を気にしてしまう自分をその人に
責められるようになりました。そしてやっぱり自分はダメなんだと思っていました。
どちらの神様の方に行けばよいのか分からず、随分悩みました。

でも、チャペルの人達が言う神様には愛があるのが分かっていました。

とりあえず、迷いながらも、まきさんに勧められて、お守りや水晶などを
全て捨てました。

その時から、少しずつだけど、もっともっと今の本当の神様を見れるように
なった気がします。
そして、今は東京に行ったKさんとも話始め、彼女の証を聞いて更に希望を
持つようになりました。

本当に色んな人が諦めず神様の事を私に伝えてくれて、感謝しています。


ちょうどその頃、POWER FOR LIVINGとリビングバイブルを読み始めました。
今まで聖書を読もうとしても何が言いたいのか分からず、断念していましたが、
私にも分かりやすい言葉で書かれていて、初めて神様の私に対する語りかけに
気づきすごく感動したのを覚えています。


その時、高校進学や将来のことでも悩んでいましたが、頼れるものは、もう神様しか
居ませんでした。
騙されたつもりで100%その神様という存在を信じ、必死に祈り求めました。
そして、すぐその後に「責任をもちなさい。」そして、
「私はあなたを愛しています。」というような御言葉が与えられました。

すごく平安を貰えて、一気に安心しました。そして、「この神様は信頼できるな」と
思いました。学校は、卒業しようと決意しました。

それから、私は心の乾きを潤したくて、休みの日には気づけば1日中聖書を
読んでいることもありました。新しい永遠の愛を必死に探り求めていました。

神様から希望を与えてもらったのが、この御言葉です。
「リビングバイブル 詩篇32・8  
わたしはあなたを教え、最善の人生航路へと導いてあげよう。
助言を与えて一歩一歩を見守ってあげよう。」

 
そして、いつもと変わらずまきさんの家で神様について教えてもらっていたある日、
「これから一生神様についていきたい!!」という想いが心の奥底から溢れてきました。
マーク・まきさんと3人で神様に祈ったあの日は今でも忘れられません。
その時初めて、神社に行ったり、偶像礼拝の罪を犯してきたことを神様に謝りました。
神社で、偽りの神様を見て祈っていた時も、全てこの神様が聞いてくれていたんだと
感じました。


クリスチャンになって、初めは赦す意味が分からなかったり、愛を知識で
分かろうとして心で感じれなかったりもしました。
でも段々神様と過ごすことで愛を感じたり、人や自分を赦せるようになったり、
本当に恵みと憐れみを感じる日々です。
価値観も180度変えられました。

まるで、イエス様に恋をしているようです。

今まで愛は、欲望だったり、人から貰う変わりやすいものだと思っていました。
それが違うことにも気づかずにただ愛で満たされたいと思っていました。

そんな私にイエス様はいつまでも変わらないたくさんの本当の愛を教えてくれました。

神様の働きで、私が家族との関係の中で受けた古い傷、赦していない部分、
また他にも様々な過去を見ることが必要だと分かりました。
その傷を赦す事により、何か重たいものから解放されました。
もちろん今でも、完全に赦せていない事もたくさんあると思います。
でも、特にお父さんとの関係の中で、赦したり、止めてほしい事を伝えて境界線を
はっきりさせた事により、前よりずっと素直に仲良く話せるようになり、
「実はお父さんはこんなに私の事愛してくれてたんだぁ」と感じるようになりました。

本当に今では神様がいない人生は考えられません。
神様と愛し合っていることが本当に嬉しいです。
今はこの御言葉を深く実感します。

ローマ5・5  この希望は失望に終わることがありません。
なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれているからです。

自己価値が分からなくて、全てのことで自分を責めていた私が変えられました。
それまで、誰かに「それでいいんだよ」と言ってほしかったような気がします。
それを私の神様がしてくれました。

やっと、本当の隠れていた自分が段々分かり、少しずつありのままの自分を
発見するようになりました。


また、神様に誠実に、「偶像礼拝をしたくない!」と思うように変えられました。
イエス・キリストと共に歩むことが、こんなにも喜びに溢れていて安心感をもらえて、
楽しいものだとは思いませんでした。

高校生活も楽しくなり、友達と笑って過ごしている時が幸せだと、思うようになりました。
友達が、心の変化に気付いてくれた時はとても嬉しかったです。

時々人間関係に悩んだり、この世の価値観に戸惑うこともありますが、
神様にその度その度赦しや悔い改めをします。そして、その時与えられる平安は
何にも変えられません。

この間与えられて実感したのが、これです。

申命記23・5

主はあなたのためにのろいを祝福に変えられた。
あなたを愛しておられるから。

今は、この与えられた愛をどう人に示していくか、神様に聞いているところです。
そして、飾らない、そのままの自分をもっと愛してあげたいです。
イエス様のようになるには、まだまだ程遠いけど、日々削られて、喜びを持って、
これからも共に歩みます。

最後に、友達とやっている暗記聖句で、与えられて好きになったのが
イザヤ57・18のこの箇所です。


わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。
わたしは彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに慰めを報いよう。


まだこの愛を味わったことがないなら、あなたも愛で満たされてみませんか?」


By Aちゃん


神様によって変えられ、成長してってる彼女は今年の春巣立ちます。笑
そう、学校進学のため山梨に行くんです。
(うちはまだぜっんぜん実感ないんやけど
なので3月の終わりに彼女を山梨まで送って行って、住む場所や教会とか色々
見に行こうかな〜と思ってます。これママの仕事ね w
ついでに結婚3年目記念日なんで、どっかで一泊しようかな〜と考え中。
小淵沢&甲府辺りでいいとこ(低予算で)あったら教えて下さ〜い。

あと山梨の教会情報もあれば嬉しいです

明日はついにチャペルでの証!
なのに、ノア坊やが風邪ひいてご機嫌ナナメで夜もあまり寝ず・・・。
うちの霊的状態もあまりよくなくって、「ほんまに明日できるんかいっ」ってな
感じですみなさんの祈りが必要です〜

それでは、よい日曜日を。

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レッテル貼り。

今日長いですけど、みんなにとっても伝えたいことがあるので、最後まで
読んでもらえたら、嬉しいです。



「神への冒涜だ!」「神の名を汚してる!」と非難し、イエス様を十字架に
かけるよう訴えたパリサイ人や律法学者達の怒り。

「父(神)の家は祈りの家だ!なぜ強盗の巣になっているのか!」と人々を
責められたイエス様の怒り。

この2つの「神様の名が汚されていることへの怒り」の違いは何なのか
先週ちょっと考えてみた。

マークが教えてくれたことも含めてうちが考えたことは、

パリサイ人達はイエス様のしてきた奇跡や御業(ん?同じか?)
権限ある言葉などの真理に目を向けず、自分達が今まで守って来た「伝統」
「規則」を重んじ、自分達の基準だけを正しいとしていたから、
突然現れた身なりの悪い貧しい家庭出身のしがない大工が自分を神の子と主張し、
民衆の人気を集めているということに我慢ならず、ねたみでいっぱいに
なった故の怒りやったんじゃないか。

だから同じ「神様の名が汚されていることへの怒り」でも、パリサイ人とイエス様
では、動機が異なる「怒り」なんやなって。

「自分の正しさを主張するため=自分の栄光のため」
「父なる神の御心を行うため=神様の栄光のため」


ちょっと立ち止まって考えてみた。

大好きな神様が悪く言われるのすごく嫌だ。
聖書の御言葉を自分達の都合のいいように解釈して自分中心に生きることを
励ます人達の主張は聞きたくない。


でも、去年日本にも寄港したドゥロス号のなどを運営する世界宣教団体OMの
創設者ジョージ・バウワーの言葉のように(まき要約)

「自分の働きと他者の働きについて、恵みをもって正しく語ることは大切である。
 恵みの欠如が最も有害なものとして現れるのは、自分たち以外のグループー教会・
 準教会、宣教団体ーについて、その実態を全体として正しく見据えることをせずに
 だいたいそんなところだろうということを口にしてしまうときである。それは
 グループの指導者に多く見られる。・・・そして根拠を欠いたコメントにより
 誤った判断が下され、誤ったイメージが植え付けられてしまうとこになる。事実で
 あったとしても、伝えられ方によっては人を傷つけ、グループにダメージを与え
 かねない。(建設的な批判とはマタイ18章15ー17のことである)」


は、胸にささった。

でも、実はうちの通ってる教会はジョージ・バウワー氏の言葉のように、
ある有名なクリスチャン新聞で「カルト教会」と称されたことがある。

めっちゃショックやった。もう周辺の教会全てにその噂は広まってたらしい。
傷ついたし、悲しかった。いやいや何?「噂話はいけません。」って
教会で説教してる身分やのに何で事実を確かめにこず、勝手にレッテル貼るん?って
思ってた。(今はだいぶその噂もなくなってるかな?)

だからこのブログでもあまり教会のことは書かへんかったし、わざと触れても
こなかった。うちが通う教会の名前を見た瞬間、うちがどんな内容を書いてるか
見ずに、「あ〜カルト教会信者の言うことやしな。」と去って行って欲しくなかった
から。

この事実を公表するまで結構葛藤した。でも、前Aちゃんの証をするよ〜って
公開した時、はっきりと「自分の通う大好きな教会の名前」が書けへんってのが
悔しくてさ。だから、うちのブログをいつも長いのにも関わらず、わざわざ読んで
下さってる忍耐深い読者のみなさまが噂で離れてしまう前に、自分の口で言うべきと
思わされて書くことにした。(噂を耳にしつつも、読んで下さってた方々には
ほんとうに感謝します。)

やけどな、うちも全く同じことを他の人にもしてたことにも気づかされた。



うちもつい数年前までいくつかのある教派に対してかなり懐疑的な見方を
していたと思う。
そこに属するor通う人達の信仰がうんぬんかんぬんの前に「○○派に属してるから
あかんわ。」と
決めてかかり、深く知ろうとも、交流を持とうとすることもなかった。
(といっても、そんなに知り合う機会はなかったけどね。)
時に「あの人達より自分こそが神様の御前で正しい」などとうぬぼれてもいた。

自分の好まない方法で神様に仕えたり、賛美したりしてる
人のこと、深く内面まで知らずに、その人(もしくは教会・教団)のこと見下したり、
裁いたり、受け入れてなかったことにも気がついた。



この数年の間に、神様は様々な方法を通して、自分がされて嫌やった
「レッテル貼り」を他の人達にもしていたことを教えて下さってる。

特に、このブログを通して知り合った多くのクリスチャン&クリスチャンブロガーとの
出会いを通して。

ほんまにいかに自分が同じ神様を信じる兄弟姉妹に対して閉鎖的で、恵みのない見方を
してたんや・・・と毎日反省させられてる。&過去どれほどその偏見で学びの
機会を見逃してたんやろ・・・との後悔もある。


なんでうちは今まで「日本のクリスチャンは熱心な人あんまおらん。」とか
「日本の教会は妥協(特に偶像礼拝とか)してて元気じゃない。」なんて
一般化して、中身をみようとしてこーへんかったんやろって、さ。

もっちろん絶対譲れへんとこもあるよ。いや、ちゃうやろって突っ込み
たくなる時もある。←うちが合ってるかは別として。
絶対聖書の真理は曲げたくないと思うし、神様中心の福音じゃないと嫌や。

でも、「自分の正しさ、好みを守るために」他の兄弟姉妹を受け入れないって
それこそ「神様中心の福音」じゃないもんな。超偽善者やな、うちは。




これに気づけたのも「ブログ村」に参加し、多くのブロガーに出会ったおかげや。
ほんまにみんなありがとうございます。(もちろんブログ村に参加してへん素晴らしい
ブロガー達にも!)そして、勝手に裁いて、レッテル貼ってしまってたことも
本当にごめんなさい。

ツトム君の記事を最初に読んで(だいぶ昔の記事やったけど)勝手に偏見をもって
「ムっ」ときて(「ホットでナウいヤングな、くりすちゃん。」)そのまま
ほったらかしにしてたら、こんなに深い学び(今も謙遜学びは継続中やけど・・・)
でけへんかったんやろな、と思うと恐ろしい。
神様の憐れみ感謝です。

こんな小さな兄弟姉妹同士の壁から、教会間、教派間の争い、ねたみ、批判って
生まれるんやろうなと思う。
んで、それはばっちりノンクリスチャンの冷たく冷静な目で判断され、「キリストの名」
が非難される元にもなってくるんやろうな。

「リバイバル」=再び生き返る つまり、クリスチャンであるうちらが神様に
立ち返り、愛によって堅く結ばれ、そして横の繋がりでもある他のクリスチャンと
神様を中心に一つになって初めてノン(未)クリスチャンの目がぐわって開かれるん
ちゃうかな、と思ってみたりもする。

外への働きかけと同様に、内側の働きかけも大事やとほんまに思う。



ブログ村のクリスチャンカテゴリーには今156ものブログがある。うちが参加し
始めた1か月前よりずいぶん増えた。
どんどん素晴らしいブログが増えてってるから、どんどんうちのブログは
ランクが落ちっててるけど、全然気にしなくなった。(ということは、最初はちょっと
寂しかったってことね。爆 まぁ、「NO」と言われてる気がして、人の評価も
気になってたこと認める。)
だって、ほんまにみんなのブログはいいねんな。(あ〜語彙力のなさが悲しい)

年代、職業、性別が違うからこそ、信仰の持ち方も様々あるし、神様から学んでる
ことも、神様の見方も色々ある。

どんだけ真理やと思ってても、一つのことを極端に主張することは危険な時も
ある。それを、クリスチャンブロガー達は色んな見方で見る心も養わせてくれる。

「おぉ〜そう考えるか。」とか「その箇所はそんな意味もあるんや〜」とかさ。
何事でもバランスが必要やもんな。

もう○○教会に行ってるから、○○派やから△▲と決めることなく、その人自身の
信仰、思い、学びを見ていけるもっと広い心の持ち主になれたらなと思ってる。

で、もし疑問や意見があるなら、マタイ18章のような建設的な批判でお互い
磨き合っていけたらなと思う。

というわけで、こんな未熟な、しかし神様にあって成長中の小さき者ですが
今後ともみなさまの温かいご指導とご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
(といっても、ダメ出しコメントの時にはアメちゃんも一緒にお願いします。w)

訓戒を大事にする者はいのちへの道にあり、叱責を捨てる者は迷い出る。
      箴言10:17」


→ちょっと結論ずれたけどご愛嬌で・・・笑

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↑さぁ今日はどの『映画』をお探しですか。
あ、ここには天地創造の神様監督作品のストーリーしか
おいてませんからご了承下さいませ。
どれもアカデミー賞総ナメ間違いなしの数々です。お楽しみに

レンタルビデオ 「GOD」 より。











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小さなことでも」コツコツと。

前回Aちゃんが救われた経緯をめっちゃ簡単にシェアさせてもらった。
ほんまはもっと詳しく彼女の証とか書きたかったけど、今日チャペルで証するし
ネタバレしたあかんと思って自粛してます。

で、今日はうちがAちゃんとの関係を通して学んだことをちょっと紹介
させてもらおっかな。

実はこれ、「ホームスクーリング精神」に通じるものがあると思ってる。

まず、第一に「個人的な深い関係」の大切さ。
知り合ってまだたった1年半やし、いろんな状況で遊んだリ時間を過ごしたのも
少ないし、これからまだまだ深い関係になれる可能性を秘めた関係って感じやけどな。

うちは大人数相手にするよりも、1対1で色んな話をしたり、聞いたりするのが
好き。相手の状況や心がもっとよく分かるし、どのように対応したらいいのか
何を話したらいいのか考えやすいから。

同じ聖書の御言葉でも、その人の「その時の」状況、性格、家庭環境によって
アプローチ、御言葉の紹介(?)の仕方を変えるだけで、その人に与える
インパクトや影響も変わってくると思う。

もちろん基本はその人を知った上で祈り、聖霊による導き&働きやけどさ。

これは、マークが前いた宣教団体「ナビゲーター」精神にものすごく影響
されてると思う。一人の人が他の一人に時間を費やし、魂を救いに導き、
時間をかけてその人の信仰の成長を助ける。で、その人が独り立ちし、また
同じように他の人にインパクト・影響を与えるようになり・・・でその実は
どんどん増えていくって公式。

うちの仕事は、霊的孫、ひ孫の代まで続くんやと思うな。w


第二に「深い関係を築こうとするが故に通らなあかん試練&付随する祝福」のでかさ。

もともとAちゃんは誰かと深い関係を築くのは苦手やったみたい。同じように
うちも、彼女と深く関わることにプレッシャーもあった。
だっていい模範にならなあかんやろ?人の人生に深く関わるってことは
それだけその人の人生にいい意味でも悪い意味でも多大な影響を及ぼすって
ことやから。
でも、彼女と神様の間に入ってもあかんし、境界線も必要。
あくまで、うちは「神様直行便 御霊の実巡りご満悦ツアー(永遠日間)」(ながっ!)の
ガイドさんや。

聖書の勉強を始めた時、彼女はノンクリスチャン。
もちろん彼女がチャペルで関わっていた人はうちだけじゃなく、他にも
たっくさんいたんやけど、それでも「神様」をメインで紹介するのは
うちやったと思う。
(っていっても、うちより他の人から学んだことの方が多いかもしれんけど。w)
だからこそ、間違った神様象を教えないように、といい意味で緊張してた。

と、同時に
「クリスチャンになるにはいい人にならなあかん。」とか
「クリスチャンは罪のない聖人や。」なんてありがちな誤解を解くためにも
うちは常にリアルで本音、弱さもあるただの罪人としての自分をへりくだって
見せる必要もあった。(謙遜さは別として弱さがバレるのに時間はかからんかったけどw)

これら2つの局面どちらをもバランスを保って人と過ごすのは、うちには
絶対無理なこと。
そこで、神様に頼るということが半強制的に
訓練されるキッカケともなった。

第三に「自分の言葉と行動が一致する誠実な信仰生活の訓練」があったこと。

ぶっちゃけこれは彼女自身から学ぶことが多かったんだな、実は。
信仰生活とは直接関係がないように思える「時間の厳守」「メールの返信」
「約束を守る」
などなどが、実は個人的な人間関係で信頼を得る一番の
近道やと(めっちゃ遅いけど)悟ったよ・・・。

今までクリスチャンに囲まれ、この分野においてはいい加減な態度を
(ま、分かってくれるやろ、とか許してくれるやろってななーなー感じ?)
とってたうちは、今までどれだけノンクリスチャンの人に「いい加減な人」
という評判をつけられていたかわからへんけど、でも今から思えば
キリストの名前にふさわしくない行動をたくさんしてきたと思う。
(それでも、今も友達でいてくれてる多くの友人に感謝です!!)

うちは高校生Aちゃんの態度で「あ、しっかりせな。」と思わされた大人。(爆)

もちろん、うちは自分一人でなく、旦那も子供もいる身やから、自分の
思う通りにいかずに、遅刻したり、メール返信忘れてたり、ドタキャンせな
あかんこともある。

でもな、大切なのは「心・態度」やと思う。
今までのうちは時々それを言い訳にして、最善を尽くしてないことが
よくあった。(というか、独身の時でも何かと言い訳したりして・・・)

相手の時間、お金、存在を大切に思い、尊重した上での結果でないことも
よくあった。

ほんまに「小さなことに忠実なものは大きなものをまかしてもらえる」って
御言葉通り、小さな日常の約束が守れへんねんやったら、どうしてその人に
うちのことを、またうちが話す神様のことを信頼してもらえんねやろって考えさせられた。
神様の目からみてもそうやんな。

だから今年は「何事にも忠実・誠実に。小さなことでもコツコツと。」がうちの
テーマ、ってか目標。

できてへんこともめちゃめちゃいっぱいあるけど、きっと神様の目から
みたら「成長したね」って言ってもらえる、カナ?
まずこの意識改革がされたことだけでも感謝やわ。

あと一つ、学んだこと書きたいけどそれはまた今度・・・


では、よい日曜日を

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