明日はず〜っと(正確には1週間弱)前から待ちどおしかった
クリスマスプレゼント解禁日。
2○歳にもなって、こんなに興奮するなんて思ってもみなかったよ・・・。
アメリカから”サンタ”がやって来て、マークの家族からのプレゼントを
持ってきてくれたのが先週の金曜日。
夜中にも関わらず即座に包み紙を開ける気満々の私にマークが
「アメリカではプレゼントはクリスマスまで、ツリーの下に置いてるんだよ」って

確かに、ツリーの下にプレゼントが置いてあるのは、風流で、”ホーム”を
彷佛させてくれるものかもしれないが、私のテンションは一気に急降下

その日からというもの、プレゼントの箱を見ては
「ねぇマーク。これ何が入ってると思う?」
ちょっと触ったり、持ち上げたりして
「あれ、カサカサいってるよ。何やろな。」「これ、軽いわ。きっと○○やわっ!」
と勝手な想像夢一杯の日々だった。
一日に一回は必ず「ねぇ、開けてみーひん?」と蛇のようにマークを
そそのかしたりしてた。
自分でも驚くくらいの、プレゼントの中身への執着心だった・・・。
まぁ、匂いフェチの私でもさすがに匂いは嗅がなかったけど。
本来ならクリスマス25日に開けるのだが、ウォルター家には22日夜から色々な
お客さんが来るので、22日の昼間を2人だけのクリスマスにしよう!と決めていた。
だからプレゼントは22日に開けようということになった。
しかし今日の晩。プチ掃除も終わりに近づき、恒例の路傍伝道も雨で中止となり
くつろいでいた私達。2人の頭の中は次の日の朝解禁になるプレゼントのことでいっぱい。
夜型人間の私ですら、早朝起床に備え「もう寝ようか。」と言い出す始末。
するとマークが突然、
「ウォルター家ではね、イヴの日にプレゼントを開けるんだよ。だから
今晩開けようか。」って。
テンションは最高潮に!
・・・でも、あまのじゃくの私は急に冷めてしまった。
「プレゼントって実際開けてしまった後は面白くないんだよね。だって次から
楽しみにするものがなくなっちゃうし。」
プレゼントっていう形のあるものは、いつかはなくなっちゃたり、壊れたり
汚れたりする。その喜びも持続しないよね。
そこで考えた。イエス様こそが神様から私への最高のプレゼントなんだって。
なくなることも、壊れることも、汚れることもない永遠のプレゼント。
イエス様という贈り物は、実際開けた後が面白くて、楽しくって、喜びがある。
あ〜そんな素晴らしい贈り物をもらっていたにも関わらず
なんで物質的なものに捕われてしまっていたんだろうとすごく反省・・・。
もちろん贈り物自体が悪いものじゃない。
Love languageがgivingの私はプレゼントを贈るのも大好きだし

でも、私自身の焦点がイエス様じゃないものにかなり傾いていたのが
悔しいんだ。
そこで2人で祈って、イエス様の誕生を感謝した。心がなんだかもっと喜びに
溢れた気がする。
今年のクリスマスは、神様からの贈り物「イエス様」がどれほど素晴らしい
プレゼントなのかを吟味し、その中身をじっくり楽しめるものになると
いいなと願ってる。
明日はマークとの結婚後初2人きりのクリスマス。
ゴスペルミュージックのながれるあのカフェでゆっくり過ごそうかな。
ではおやすみなさい

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。
ひとりの男の子が、私たちに与えられる。
主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」
と呼ばれる。」 イザヤ9:6
PS 実際プレゼント開放は楽しかったよ☆My lovely sister in lawからは
黒のジャケットをもらったよ。
姪(3歳)が「Maki wil really like this!」と言って選んでくれたらしい。
すごく嬉しかった☆あと欲しかったCDもマークのお兄さんからもらったよ。
そして、マークの両親からの贈り物の中には、私たちがアメリカに忘れて行った
「靴下」が入っていた・・・。ツリーにでも飾っておこうかな
テーマ : クリスマスプレゼント - ジャンル : 結婚・家庭生活