実家はほぼ一日中テレビがついてる。誰も見てない時でもついている。
その反動か私はテレビ嫌いになり、ウォルター家には未だにテレビがない。
一般の人から見たらかなりヘンテコ夫婦である。でも、なくても特に困ることは
ないし、むしろこの生活を気に入ってる。
でも、やっぱり時々見たくなるのも人間の性(?)。今日は夜ごはんをごちそうになった
実家でテレビを見た。当然ながらチャンネル権はなく、今日は妹が見ているドラマを
見るハメになった。(まぁ、嫌なら見なきゃいいんだけど、つい・・・ね。)
題名は「白夜子行」かな、かなりシリアスで暗い話らしい。
私が見た時は、主人公の女の子がイエスキリストの十字架前で何かを叫んでいた。
どうやら小さい頃に虐待やいじめ、暴行にあい、その度に神様に向かって助けを
求めていたが、誰も助けてくれず、神に信頼することを辞め、自分一人で
生きていくことを選んだそうだ。「神の前にみんな平等とか言うけど、みんな救われる
とか赦されるとか言うけど、そんなうそばっか言うんじゃないよっ!」
ってな感じでろうそくを投げ、窓ガラスを割ったりしてた・・・。
正直、こういう展開あんまり好きじゃない。もし私が本当の神様の存在を
知らなかったら別に何も思わないんだろうけど、
「あ〜違うんだよっ!本当はね・・・」って今は言いたくなる。
きっと世界中には、何千、何万、何億という人達が、神様に対してこんな感じに
怒ったり、失望してるんだろうな。「何で私ばっかりこういう目に合うのっ!」
「神様は不公平だよ!」ってね。
私も時々、なぜ神様がそんなひどい事件、事故、災害が起こるのをお許しになるのか
理解できない時がある。今まで何人もの傷付いた人達と話をする中で、自分のことの
ように心痛めてきた。でも、最終的に行き着くのは「神様はベストな計画を
お持ちであること、そしてそれは私達の小さな頭では理解できないようなものである
こと、また何が起こっても神様が一人一人を愛していることは変わらない事。」
何かの悲劇が自分の身に降り掛かった時、もしくは物心ついた時から人生になんの
意味も見出せず、死にたいと思ってしまう時、人がとる行動は必ず2つしかないと
思っている。それを赦して生きていくか、もしくは赦さず、自分をそのような目に
あわせた状況や人、神などの全てを憎みながら生きていくかどちらか。
「赦して生きていくこと」を選んだある女性の例をここで紹介したいと思う。
このブログでも何度か紹介させてもらってる、イ・チソンさんである。
(詳しくは「幸せになる秘訣」で・・・)彼女は、車で信号待ちしている時に
泥酔車が突っ込んで来て、全身55%のやけどを負い、奇跡の生還を果たした
女性である。彼女は加害者である男性に対して次のような言葉を述べている。
「加害者の人についてはほとんど何も知りません。実際私の家族は加害者がいたという
事実すら忘れています。ありがたいことです。ある時父と彼について話をする機会が
ありました。天の神様は私の口からこんな言葉が出てくるようにしてくださいました。
『そのまま・・・お父さん・・・その・・・その人の家族がやってきたら・・・
イエス様が私の罪をすべて洗い流し、赦してくれたように・・・(省略)イエス様
の名において赦す・・・そう言ってください。』事故は予想することができないから
事故なのです。事故が起こっても神様は常にそれに打ち勝つ力をお与えになられ、
それを避ける道もお示しになられます。「それならば神様は事故を起こさないように
してくれればいいじゃないか」などと言うのはやめにしましょう。私たちは
神ではないので、神様の御心と計画をすべて理解することはできないのです。
・・・天の神様に感謝します。神様は私たち家族にこの事故に加害者がいたという
ことすら忘れさせてくれました。その人についての記億を消してくださり、
めちゃくちゃになった娘を見ながら、妹を見ながら、誰かを憎み、うらみながら
心を苦しめることのないようにして下さったのです。・・・誰かを憎むことも、
うらむこともなく娘を妹を見ることのできるようにしてくださったことに
感謝します。」(「チソン、愛してるよ。」より抜粋)
私も彼女のように、心に暗闇を持つことを許さず、何が起こっても神様に
信頼して生きて行くことを選び続けたい。もちろん、それができるようにして
くださるのも神様だけどね。チソンさんの生き方を見ていると、彼女の選んだ道
こそが「本当の幸せ。」に繋がる道だと確信できるから。
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