私とマークはお金持ち、ならぬ神持ちである。
ある牧師さんが言っていた。この世にある全てのものは、創造主なる
天の神が造ったものであるから、私達クリスチャン、つまり神の子供は
全てのものの相続人である、と。だから私達は全てタダで得ることができるそうだ。
実際、誰も「酸素検針」をしに来ないし、「光税」なんてものもない。
植物も動物も魚も鳥もすべて父なる神が造ったものであり、私達人間が
造ったものは一つもない。お金を払うのは、働いて得てくれた、育ててくれた
人への「お礼」だというのだ。私はその考え方、大好きである

私達は世界で一番お金持ちというわけではもちろんないが、全てのものを所有して
おられる神様がいて下さるおかげで、世界で一番裕福だと言える。
与えられた財産は、目に見えるものから、見えないものまで多くある。
私達の家にある家具や食器、服などの
70%以上は譲りもの、もしくはリーズナブルな価格で得たものである、
というのが私の自慢である

結婚する時期と引っ越しが重なった私の姉と友達の近所の方から
食器棚、ソファー、カーテン、食器などなどを頂き、
大工である父は、現場で不要になったテレビ、クローゼット、棚を持ってきてくれた。
また神戸のあるホテルが改装するというので、高級ベットを破格の値段で手に入れた。
今の私に欠かせない存在となっている、圧力鍋とホームベーカリーも友人達からの
贈り物である。
見渡すと、神様からの贈り物でいっぱいの我が家。
神様が私達のことを心から気にかけているのがよ〜く分かる我が家。
神様の愛と恵みで一杯の我が家。だからそれを他の人に還元したいと思う私達。
今持っている服もほとんどは譲りもの、もしくはフリーマーケットから。
当然のことながら、ブランド物も流行物もない。
でも私は本当に満足している


もちろん、時々雑誌を見たり、お店に行くと「あ〜いいなぁ、欲しいなぁ」と
思ってしまうこともある。主婦=オシャレをしない=おばさん。という方程式を
こわしたい

と焦ってしまうことも正直あるけど、心のオシャレを
優先順位に、またもっと楽しむ心を下さいと祈る。
自由に使えるお金はないけれど、必要なものは全て備えられる

今日もたまたま行った○和堂で、タイムバーゲンをしていて、前から欲しいと
思っていた服が半額だった。「あ、これって衝動買いかなぁ」と思いつつ
財布の中には必要なお金もあったし、主からの贈り物として買うことにした。
マークも似合うと言ってくれた

久しぶりに自分で服を買った☆とても新鮮で嬉しかった

クリスチャンになる前は、こんな喜びは湧いてこなかった。
買えば買う程、欲が出て、周りと比べ、また欲しくなった。
でも、今は違う。服だけでなく、食べるものや使うもの、それら全てを買える
お金を備えて下さったこと、またそれを与えて下さったこと、本当に感謝できる。
中古品でも、神様から頂いたものは私達にとって
一級品もちろん、欲がないといえば、嘘になる。先進国の日本ではなおさらだ。
でもそう言う時は、発展途上国で、家も食べるものも着る物もなく生活している人
のことを考える。私達は決して「貧しく」はないのだ。
もちろん目に見えるものを与えられているから「裕福」だとは思わない。
見えないものを待ち望み、全てを期待し、いつも感謝する心を持っている人こそが
本当に「裕福な人」なんだと思う。そしてそれらのものは全て神様から
与えられるものである

見えるものは一時的であるが、見えないものは永遠に続く。
物質はいつか去る。だからそれらが去ることを考え恐れを持つ。
しかし、神様から来る見えないものを、いやむしろ神自身を宝にするものは
何も失うものはない。だから何も恐れないのである。
金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。
主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、
あなたを捨てない。」 ヘブル13:5
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