プロフィール

Author:Mark&Maki
*Mark*
アイオワ州出身シリアル大好き
アメリカ人。日本在住6年目突入。

趣味:スポーツ(アメフト)、読書
好きなもの:聖書、ギター、Maki(妻)

*Maki*
日本生まれ日本育ちの日本人。
アメリカンとジャパニーズの
いいとこどりを目指している。

趣味:料理&お菓子作り、読書
好きなもの:聖書、映画、Mark(夫)

6月に待望の長男☆望有(ノア)誕生♪
あまりにかわいすぎて、親バカ街道
まっしぐらの2人。ベビーサインと
ホームスクールをしようかと考え中。

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レッテル貼り。

今日長いですけど、みんなにとっても伝えたいことがあるので、最後まで
読んでもらえたら、嬉しいです。



「神への冒涜だ!」「神の名を汚してる!」と非難し、イエス様を十字架に
かけるよう訴えたパリサイ人や律法学者達の怒り。

「父(神)の家は祈りの家だ!なぜ強盗の巣になっているのか!」と人々を
責められたイエス様の怒り。

この2つの「神様の名が汚されていることへの怒り」の違いは何なのか
先週ちょっと考えてみた。

マークが教えてくれたことも含めてうちが考えたことは、

パリサイ人達はイエス様のしてきた奇跡や御業(ん?同じか?)
権限ある言葉などの真理に目を向けず、自分達が今まで守って来た「伝統」
「規則」を重んじ、自分達の基準だけを正しいとしていたから、
突然現れた身なりの悪い貧しい家庭出身のしがない大工が自分を神の子と主張し、
民衆の人気を集めているということに我慢ならず、ねたみでいっぱいに
なった故の怒りやったんじゃないか。

だから同じ「神様の名が汚されていることへの怒り」でも、パリサイ人とイエス様
では、動機が異なる「怒り」なんやなって。

「自分の正しさを主張するため=自分の栄光のため」
「父なる神の御心を行うため=神様の栄光のため」


ちょっと立ち止まって考えてみた。

大好きな神様が悪く言われるのすごく嫌だ。
聖書の御言葉を自分達の都合のいいように解釈して自分中心に生きることを
励ます人達の主張は聞きたくない。


でも、去年日本にも寄港したドゥロス号のなどを運営する世界宣教団体OMの
創設者ジョージ・バウワーの言葉のように(まき要約)

「自分の働きと他者の働きについて、恵みをもって正しく語ることは大切である。
 恵みの欠如が最も有害なものとして現れるのは、自分たち以外のグループー教会・
 準教会、宣教団体ーについて、その実態を全体として正しく見据えることをせずに
 だいたいそんなところだろうということを口にしてしまうときである。それは
 グループの指導者に多く見られる。・・・そして根拠を欠いたコメントにより
 誤った判断が下され、誤ったイメージが植え付けられてしまうとこになる。事実で
 あったとしても、伝えられ方によっては人を傷つけ、グループにダメージを与え
 かねない。(建設的な批判とはマタイ18章15ー17のことである)」


は、胸にささった。

でも、実はうちの通ってる教会はジョージ・バウワー氏の言葉のように、
ある有名なクリスチャン新聞で「カルト教会」と称されたことがある。

めっちゃショックやった。もう周辺の教会全てにその噂は広まってたらしい。
傷ついたし、悲しかった。いやいや何?「噂話はいけません。」って
教会で説教してる身分やのに何で事実を確かめにこず、勝手にレッテル貼るん?って
思ってた。(今はだいぶその噂もなくなってるかな?)

だからこのブログでもあまり教会のことは書かへんかったし、わざと触れても
こなかった。うちが通う教会の名前を見た瞬間、うちがどんな内容を書いてるか
見ずに、「あ〜カルト教会信者の言うことやしな。」と去って行って欲しくなかった
から。

この事実を公表するまで結構葛藤した。でも、前Aちゃんの証をするよ〜って
公開した時、はっきりと「自分の通う大好きな教会の名前」が書けへんってのが
悔しくてさ。だから、うちのブログをいつも長いのにも関わらず、わざわざ読んで
下さってる忍耐深い読者のみなさまが噂で離れてしまう前に、自分の口で言うべきと
思わされて書くことにした。(噂を耳にしつつも、読んで下さってた方々には
ほんとうに感謝します。)

やけどな、うちも全く同じことを他の人にもしてたことにも気づかされた。



うちもつい数年前までいくつかのある教派に対してかなり懐疑的な見方を
していたと思う。
そこに属するor通う人達の信仰がうんぬんかんぬんの前に「○○派に属してるから
あかんわ。」と
決めてかかり、深く知ろうとも、交流を持とうとすることもなかった。
(といっても、そんなに知り合う機会はなかったけどね。)
時に「あの人達より自分こそが神様の御前で正しい」などとうぬぼれてもいた。

自分の好まない方法で神様に仕えたり、賛美したりしてる
人のこと、深く内面まで知らずに、その人(もしくは教会・教団)のこと見下したり、
裁いたり、受け入れてなかったことにも気がついた。



この数年の間に、神様は様々な方法を通して、自分がされて嫌やった
「レッテル貼り」を他の人達にもしていたことを教えて下さってる。

特に、このブログを通して知り合った多くのクリスチャン&クリスチャンブロガーとの
出会いを通して。

ほんまにいかに自分が同じ神様を信じる兄弟姉妹に対して閉鎖的で、恵みのない見方を
してたんや・・・と毎日反省させられてる。&過去どれほどその偏見で学びの
機会を見逃してたんやろ・・・との後悔もある。


なんでうちは今まで「日本のクリスチャンは熱心な人あんまおらん。」とか
「日本の教会は妥協(特に偶像礼拝とか)してて元気じゃない。」なんて
一般化して、中身をみようとしてこーへんかったんやろって、さ。

もっちろん絶対譲れへんとこもあるよ。いや、ちゃうやろって突っ込み
たくなる時もある。←うちが合ってるかは別として。
絶対聖書の真理は曲げたくないと思うし、神様中心の福音じゃないと嫌や。

でも、「自分の正しさ、好みを守るために」他の兄弟姉妹を受け入れないって
それこそ「神様中心の福音」じゃないもんな。超偽善者やな、うちは。




これに気づけたのも「ブログ村」に参加し、多くのブロガーに出会ったおかげや。
ほんまにみんなありがとうございます。(もちろんブログ村に参加してへん素晴らしい
ブロガー達にも!)そして、勝手に裁いて、レッテル貼ってしまってたことも
本当にごめんなさい。

ツトム君の記事を最初に読んで(だいぶ昔の記事やったけど)勝手に偏見をもって
「ムっ」ときて(「ホットでナウいヤングな、くりすちゃん。」)そのまま
ほったらかしにしてたら、こんなに深い学び(今も謙遜学びは継続中やけど・・・)
でけへんかったんやろな、と思うと恐ろしい。
神様の憐れみ感謝です。

こんな小さな兄弟姉妹同士の壁から、教会間、教派間の争い、ねたみ、批判って
生まれるんやろうなと思う。
んで、それはばっちりノンクリスチャンの冷たく冷静な目で判断され、「キリストの名」
が非難される元にもなってくるんやろうな。

「リバイバル」=再び生き返る つまり、クリスチャンであるうちらが神様に
立ち返り、愛によって堅く結ばれ、そして横の繋がりでもある他のクリスチャンと
神様を中心に一つになって初めてノン(未)クリスチャンの目がぐわって開かれるん
ちゃうかな、と思ってみたりもする。

外への働きかけと同様に、内側の働きかけも大事やとほんまに思う。



ブログ村のクリスチャンカテゴリーには今156ものブログがある。うちが参加し
始めた1か月前よりずいぶん増えた。
どんどん素晴らしいブログが増えてってるから、どんどんうちのブログは
ランクが落ちっててるけど、全然気にしなくなった。(ということは、最初はちょっと
寂しかったってことね。爆 まぁ、「NO」と言われてる気がして、人の評価も
気になってたこと認める。)
だって、ほんまにみんなのブログはいいねんな。(あ〜語彙力のなさが悲しい)

年代、職業、性別が違うからこそ、信仰の持ち方も様々あるし、神様から学んでる
ことも、神様の見方も色々ある。

どんだけ真理やと思ってても、一つのことを極端に主張することは危険な時も
ある。それを、クリスチャンブロガー達は色んな見方で見る心も養わせてくれる。

「おぉ〜そう考えるか。」とか「その箇所はそんな意味もあるんや〜」とかさ。
何事でもバランスが必要やもんな。

もう○○教会に行ってるから、○○派やから△▲と決めることなく、その人自身の
信仰、思い、学びを見ていけるもっと広い心の持ち主になれたらなと思ってる。

で、もし疑問や意見があるなら、マタイ18章のような建設的な批判でお互い
磨き合っていけたらなと思う。

というわけで、こんな未熟な、しかし神様にあって成長中の小さき者ですが
今後ともみなさまの温かいご指導とご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
(といっても、ダメ出しコメントの時にはアメちゃんも一緒にお願いします。w)

訓戒を大事にする者はいのちへの道にあり、叱責を捨てる者は迷い出る。
      箴言10:17」


→ちょっと結論ずれたけどご愛嬌で・・・笑

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↑さぁ今日はどの『映画』をお探しですか。
あ、ここには天地創造の神様監督作品のストーリーしか
おいてませんからご了承下さいませ。
どれもアカデミー賞総ナメ間違いなしの数々です。お楽しみに

レンタルビデオ 「GOD」 より。











テーマ : つぶやき - ジャンル : ブログ

クリスチャンブロガーのオフ会企画。

めちゃめちゃ盛り上がってるブログ村のクリスチャン住人様。
なんならここらでオフ会しませんか、ってことで勝手に企画してしまいました。


日時:今日からイエス様が戻ってこられるまでの間ならいつでもOK
   遅刻は厳禁

場所:天 国 天のお父さんのお膝の上。

持ち物:子供のような信仰
    他の何ものよりもイエス様を愛する心
    預かってた「もの」の資産運用報告書(増えてればどんな形でもOK)
    地上でためてた涙と傷。

家族、友達、会社の同僚、先輩、上司、先生、近所のおばちゃん、
おっちゃん、「小さき者」 など誰でもいいので最低1人同伴でお願いします。

注:「天国」まで行く道には2つの門があります。
   くれぐれも「狭い門」の方からお入り下さい。ちょっと分かりにくく、
   見つけにくい所にございますが、一生懸命探し求めるなら必ず見つかり
   ます。それから「天国 いのちの泉行き」のバスに乗って下さい。

  「広い門」の前には悪質な勧誘者や姿、形は美しいけれども中身はウソと
   貪欲な心でいっぱいの偽善者、言葉巧みにあなたの持っている財産である
  「いのち」を奪い取ろうとする強盗達(彼らは身なりのよい姿をしています)
   がウロウロしていますので、「話を聞いたり」「耳を傾けたり」して
   決して立ち止まらないで下さい。みなさまが乗れるバスの運行はそれぞれ
   一回きりです。バスに乗り遅れないようにお気をつけ下さい。


 みなさまのお越しをイエス様が両手いっぱい広げて待っていて下さってる
 そうです。この地上では決して味わえないほどの喜びをイエス様と一緒に
 味わえるのを心より楽しみにしております。


あ、先にオフ会会場に到着された方。私がいつ到着するかはわかりませんが
たっくさんの家族を連れて行くつもりなので、イエス様と一緒に席の確保だけ
しておいてもらっても宜しいですか。

それでは、お気をつけてお越し下さい。

まきより 」  


あ〜これがただの妄想ではなく、いつの日かほんまに起こることだと
「洗脳」でもなく、「伝承」でもなく「100%の確信」を持って楽しみに
できるなんて、これやからクリスチャンはやめられへん!よね!?

↓参加希望者はクリック連絡お願いしま〜す。ほんまにみんなに会えるの
(もちろん地上でも会いたいけどw)楽しみで仕方がない
ご参加ありがとうございます
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蛹(さなぎ)は黙視2

長かったので分けてみました。
なので、昨日の続き・・・


「一度の失敗で「○○ちゃんはこういう人やね。」とずっと勝手にレッテルを
はられるの、うちは嫌い。
同じようにAちゃんも成長過程やねんから
そんな風に思わずに、神様のタイミングで美しい蝶になるのをじっと温かい目で
待つべきや、と何度も教えられた。

アドバイスしたり、情報を与えたり、祈ったり、助けることは不可欠やと思う。
でもその後は彼女が自発的に考え、行動し、選んで行くべき

まさしく、「蛹(さなぎ)になったら、そっと見守っておきましょう=黙視(?)」
っていうのが今日のおかしなタイトルをつけた理由。w

蛹は自分の力で殻(?)から出て来るべきで、人間が外からはがしちゃったら
意味がない。
時期尚早だったり、力が強過ぎたりで死んでしまうかもしれへん。


きっとこれが聖書的な境界線なんやと思う。
*「境界線」については、うちの好きなブログの一つ「ERING日記」で要約が読めまーす。

注:でも人はいっつも幼虫→さなぎ→成虫を繰り返して、グレードUPしてってる
気がするんやけどな。ま、例えていうなら、カカロットがスーパーサイヤ人に
なっていくみたいな。w (これワカル?)


これってまさしく「育児や」と思った。

子供は同じ両親から産まれて、同じ環境で育っても性格や神様の計画は
十人十色。
Aちゃんの場合とは異なり「親としての権威(そして責任)」はあるけど
一つの人格をもった人間や。

特にティーンネージャーになったら、いくら心配でも、傷つくのが見たく
なくても、ある程度の責任を果たしたら、神様を信頼し、おまかせして
後は子供自身の成長のため手をひくことって必要&大事なんやな〜と思ったよ。
そしてそれを通して神様の栄光が見られるようになったらいいな〜って
めっちゃ思う。

口うるさいママにならないように、気をつけなあかんわ〜

PS この間スカートをはいてたAちゃんがひざかけを持っていた。
  「寒いん?」と聞くと「いや、スカートやから一応さ。」って。
   自発的な行動にめちゃめちゃ嬉しかったママまきでした

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↑「子供は親を成長させる」ってほんまやわ。
 これからの子育て応援クリックお願いします。

蛹(さなぎ)は黙視。

最近、記事をどのカテゴリーに入れたらいいのかよく迷う。
新しく追加せねばならんような気がするけど、めんどくさくて放置状態。
申し訳ないです・・・

さて、2回分あいて、再びAちゃんネタ。前回までのはココ→「発表」
「厚化粧からすっぴんへ」「小さなことでもコツコツと」


Aちゃんとの関係を通して学んだ大きなこと最後の項目は、
って、これ一言でまとめんのむずいんやけど、あえて言うならば

自立〜巣立ち〜
 でしょうか。

具体的にどういうことを学んだかというと・・・
自分の好きなやり方、タイミング、基準などを押し付けず、神様に任せること。
信頼すること。また彼女と神様との間に入らへんこと。


気づいてる人もおるかもしれんけど、うちはどちらかと言えば、心配症な性質。
出来る限り危ない目にあって欲しくないって思いがめっちゃ強い。
(こんな性格やからこそ、このブログでうちの失敗談をシェアして、
同じ過ちをおかさんとってな〜と、若い人に言いたかったんやろうけど)

自分の見てる前で危険な道に進もうとする人を見送れない。まぁ、悪く
言えば「おせっかい」だ。(笑)

もちろん神様もうちらに対して同じ思いなはず。
だから、十戒っていうガードレールを用意して、うちらが崖に落ちへんように
守ろうとして下さってる。

やけどな、時々神様は、わざとうちらが失敗したり、痛い目に合うことを
お許しになる。その目的はずばり「私(神様)が主であることを民が知るため」
である。(エゼキエル章にはこのような言葉がよく出て来る。)それこそが
神様が私たちを造った目的やとうちは思ってる。(イザヤ43:7)

でもうちは時々「(傷ついたりするのを)自分が見たくないから、嫌やから」
「自分のために(と意識してるわけじゃないけど)」人が危険な目にあったり、
悲しみ、傷つくのを止めようとしてることもある、と気がついた。

いうても、Aちゃんはそんな危ない道に入っていくような子ではなかったし
とても素直でいい子。ファッションや恋、流行に興味のあるふつーの女子高生。

もしそれが罪であるならば言うべき時ももちろんあるやろうけど、でも
そうとは言い切れないグレーゾーンの方が案外多い。
例えば、服装、見てる映画、テレビ(?)、友達との付き合い方、影響を
受けてる人とか。

でもさ、これって人によって「学ぶタイミング」ってあるやん?
そしてうちの判断がもちろんいつも正しい訳じゃない。
そもそもそれがその人にとって「よくない」って基準も異なる。
(くどいようやけど、聖書にはっきり書いてないやつのことね)
神様が直接聖書の言葉や、聖霊を通して語って下さることもある。


まずうちは、へりくだって自分が正しい、よい、と思うことの基準を
押し付けてはいけないことが訓練された。

そして彼女の悩みや葛藤を通して、自分がクリスチャンになりたての頃の
「まき」はどんなんやったか思い出さされ、謙遜と忍耐が訓練された。

面白いことに、彼女とうちはおどろくほど似てる。w 彼女の日記は
うちの昔の日記のコピーみたいw 
だから共感できることが多かったと同時に

「え〜まきさんもそんなことで悩んでたんや!」と言われて
「あ、そういえばそんなこともあったなぁ。」と思えるくらいに
神様に変えられていることにめちゃめちゃ感謝できた。

そして、うちが幾分かでも成長したように、Aちゃんも神様によって変えられる。
うちが変えるんじゃない。

神様やうちの周りの先輩クリスチャンが忍耐をもってみてくれてたように
うちも長い目で見て彼女の信仰を見て行く必要がある。

そして、していること、言ってること、外見だけで判断するんじゃなくて
「心」を見る努力し、「心」を養うことが大事。質問したりして。
(特にユースミニストリーに関わってる場合はさ。)


めっちゃ中途半端やけど、今日はおしまい。
超長かったから続編にしてん。続きはまた明日・・・

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うちの失敗と神様の憐れみ。

今日、うちの不注意で、というか、うちの怠け心のせいで
うちの愛する愛するノア坊やがベットから落ちてしまった。

落ちる瞬間こそは見てへんかったものの、泣き声と音で、ハッとしたうちは
ノアをすぐ抱きかかえ、パニックになりながら、傷がないか確認した。
幸い目に見える大きな傷はなかった。でもノアは泣き続けてたからすぐに授乳。

赤ちゃんにとって、おっぱいは精神安定剤でもある。
おっぱいを吸うとたいていは泣き止むノア。
これでも泣き続けるなら、ちょっとやばいかも・・・。どうか神様大したこと
ありませんように!と必死で祈る。そしてノアに謝る。

すぐに泣き止んだノアは、しばらくして寝てしまった。
目の周りが赤く腫れていることに気づく。


あ〜顔から落ちてしまったんだ・・・


ほんまに感謝なことに、起きたノアは超機嫌もよくニコニコ顔で
しっかりとうちを見つめ、離乳食もいつも以上によく食べ、至って元気。

人ってさ、事故とかに遭遇した時って、案外冷静になれるもんやねんな。
でもその時の恐怖は時間が経てば立つほど増すこともある。

大きな怪我でもなく、なんの悪い症状も見られない愛おしいノアを
抱いていると、またお決まりの「もしもシリーズ」が出て来た。

「もし失明してたら・・・」
「もし頭から強く落ちてて(ま、そんなに高くないけど)脳に致命的な
 ダメージを与えてたら・・・」
「目のとこがぱっくり開くほどの傷になってたら・・・」

うちは一生自分のミスを悔やみながら、生きるかもしれへん。と
思うと恐怖で背筋が凍った。


でも、なぜか同時に心には大きな平安と喜びがあるのだ。
おかしいやろ?

今回の一件で、うちはものすごく神様の憐れみと恵みと偉大さを感じたん
やと思う。
最近、神様とちょっと離れてた所におったからな、うち。
だから神様が「お〜い、まき!こっちやで!」って言ってる気がした。

神様はうちを訓練するために、もう少し手痛い(ってかノアが痛い目に
合うんやけど・・・)レッスンを選ぶこともできたはず。

でも神様はほんまにうちが耐えれるだけの試練しかお与えにならない。
選ぶのはうちじゃない。神様だけがすべての上の統治者だ。
神様の偉大な憐れみに畏敬の念を感じずに入られへんかった今日一日。

うちの失敗をも、ご自分の栄光に変えて下さる神様が大好きや〜!と
再確認し、神様の御手でぐっすり(ま、実際最近ずっと熟睡してへんけどw)
安心して眠れること感謝です。

今日は、反省の意を込めて文字カラーなしです。
見にくいのに、読んで下さった読者の皆様、ありがとうございます!

そして、ノアをしつけする前に、あんたがしつけされなあかんで!って
ことで「やいと」(懐かしい?)のクリックお願いします。。。

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テーマ : 私的ニュース - ジャンル : ニュース

小さなことでも」コツコツと。

前回Aちゃんが救われた経緯をめっちゃ簡単にシェアさせてもらった。
ほんまはもっと詳しく彼女の証とか書きたかったけど、今日チャペルで証するし
ネタバレしたあかんと思って自粛してます。

で、今日はうちがAちゃんとの関係を通して学んだことをちょっと紹介
させてもらおっかな。

実はこれ、「ホームスクーリング精神」に通じるものがあると思ってる。

まず、第一に「個人的な深い関係」の大切さ。
知り合ってまだたった1年半やし、いろんな状況で遊んだリ時間を過ごしたのも
少ないし、これからまだまだ深い関係になれる可能性を秘めた関係って感じやけどな。

うちは大人数相手にするよりも、1対1で色んな話をしたり、聞いたりするのが
好き。相手の状況や心がもっとよく分かるし、どのように対応したらいいのか
何を話したらいいのか考えやすいから。

同じ聖書の御言葉でも、その人の「その時の」状況、性格、家庭環境によって
アプローチ、御言葉の紹介(?)の仕方を変えるだけで、その人に与える
インパクトや影響も変わってくると思う。

もちろん基本はその人を知った上で祈り、聖霊による導き&働きやけどさ。

これは、マークが前いた宣教団体「ナビゲーター」精神にものすごく影響
されてると思う。一人の人が他の一人に時間を費やし、魂を救いに導き、
時間をかけてその人の信仰の成長を助ける。で、その人が独り立ちし、また
同じように他の人にインパクト・影響を与えるようになり・・・でその実は
どんどん増えていくって公式。

うちの仕事は、霊的孫、ひ孫の代まで続くんやと思うな。w


第二に「深い関係を築こうとするが故に通らなあかん試練&付随する祝福」のでかさ。

もともとAちゃんは誰かと深い関係を築くのは苦手やったみたい。同じように
うちも、彼女と深く関わることにプレッシャーもあった。
だっていい模範にならなあかんやろ?人の人生に深く関わるってことは
それだけその人の人生にいい意味でも悪い意味でも多大な影響を及ぼすって
ことやから。
でも、彼女と神様の間に入ってもあかんし、境界線も必要。
あくまで、うちは「神様直行便 御霊の実巡りご満悦ツアー(永遠日間)」(ながっ!)の
ガイドさんや。

聖書の勉強を始めた時、彼女はノンクリスチャン。
もちろん彼女がチャペルで関わっていた人はうちだけじゃなく、他にも
たっくさんいたんやけど、それでも「神様」をメインで紹介するのは
うちやったと思う。
(っていっても、うちより他の人から学んだことの方が多いかもしれんけど。w)
だからこそ、間違った神様象を教えないように、といい意味で緊張してた。

と、同時に
「クリスチャンになるにはいい人にならなあかん。」とか
「クリスチャンは罪のない聖人や。」なんてありがちな誤解を解くためにも
うちは常にリアルで本音、弱さもあるただの罪人としての自分をへりくだって
見せる必要もあった。(謙遜さは別として弱さがバレるのに時間はかからんかったけどw)

これら2つの局面どちらをもバランスを保って人と過ごすのは、うちには
絶対無理なこと。
そこで、神様に頼るということが半強制的に
訓練されるキッカケともなった。

第三に「自分の言葉と行動が一致する誠実な信仰生活の訓練」があったこと。

ぶっちゃけこれは彼女自身から学ぶことが多かったんだな、実は。
信仰生活とは直接関係がないように思える「時間の厳守」「メールの返信」
「約束を守る」
などなどが、実は個人的な人間関係で信頼を得る一番の
近道やと(めっちゃ遅いけど)悟ったよ・・・。

今までクリスチャンに囲まれ、この分野においてはいい加減な態度を
(ま、分かってくれるやろ、とか許してくれるやろってななーなー感じ?)
とってたうちは、今までどれだけノンクリスチャンの人に「いい加減な人」
という評判をつけられていたかわからへんけど、でも今から思えば
キリストの名前にふさわしくない行動をたくさんしてきたと思う。
(それでも、今も友達でいてくれてる多くの友人に感謝です!!)

うちは高校生Aちゃんの態度で「あ、しっかりせな。」と思わされた大人。(爆)

もちろん、うちは自分一人でなく、旦那も子供もいる身やから、自分の
思う通りにいかずに、遅刻したり、メール返信忘れてたり、ドタキャンせな
あかんこともある。

でもな、大切なのは「心・態度」やと思う。
今までのうちは時々それを言い訳にして、最善を尽くしてないことが
よくあった。(というか、独身の時でも何かと言い訳したりして・・・)

相手の時間、お金、存在を大切に思い、尊重した上での結果でないことも
よくあった。

ほんまに「小さなことに忠実なものは大きなものをまかしてもらえる」って
御言葉通り、小さな日常の約束が守れへんねんやったら、どうしてその人に
うちのことを、またうちが話す神様のことを信頼してもらえんねやろって考えさせられた。
神様の目からみてもそうやんな。

だから今年は「何事にも忠実・誠実に。小さなことでもコツコツと。」がうちの
テーマ、ってか目標。

できてへんこともめちゃめちゃいっぱいあるけど、きっと神様の目から
みたら「成長したね」って言ってもらえる、カナ?
まずこの意識改革がされたことだけでも感謝やわ。

あと一つ、学んだこと書きたいけどそれはまた今度・・・


では、よい日曜日を

↓「クリック」という小さな働きも感謝です

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テーマ : みんなに紹介したいこと - ジャンル : ブログ

厚化粧からすっぴんへ。

前回の続き…の前にお知らせ。


うちの霊的娘のAちゃんが、今週日曜日、CrossRoadsで証するよ!
チャペルの人はもちろん、まだ来たことない人も、ぜひ足を運んでみて欲しいな。

(京都府京田辺市草内にある教会。5時から始まるよ〜。詳細はリンク先にある
 CrossRoads Chapelへ。←って最近管理者不在でほったらかしやけど、場所や時間など
 は分かるかも。あ、送迎バスないので、必要な方はお知らせ下さい。)


と、いつものごとく長くなるから先に宣伝してみた。w


では、今度こそ続きをどうぞ…



突然泣き出したAちゃんとゆっくり2人で話すことにしたうちは、も〜ドキドキしながら
ちょっと落ち着きを取り戻した彼女にいろいろ聞いてみることにした。

でも、特にいじめられてる、とか、成績が悪いとか、人間関係がうまく
いかない人がいるとかってのではなく
とにかく人が怖かったのだ。

電車の中、学校で、道で、すれ違う人が自分の悪口を言ってるように思えて
自分の方を見て笑ってる人達(特に男性)を見ると 「あいつ、太ってる〜」って
言われてる気がして(Aちゃんは全く太ってない!むしろ細い。)外に行くのが怖い、と言う。
いわゆる、視線恐怖症というやつ。

これは事実かどうかは別問題で、結局彼女がどう思うかが問題だったのだ。


ほんまの愛が欲しくて、心から安心したくて、とにかくフツーの女子高生の生活が
欲しい、と泣きながらいう彼女。精神安定剤などの薬も服用しているみたいだった。


うちはショックやった。
なんでショックやったかって言ったら、ほんまに彼女は「フツーの」女子高生に
見えたから。

外でキャッキャッキャッキャとうちの「国際結婚」ネタの話をし、将来の夢を語り、
恋愛観を目を輝かせながら話す人懐っこい彼女が心の奥底ではそんな深い悩みを
抱えていたなんて外見では想像することはでけへんかった。

自分で言うのもなんやけど、うちは結構人の抱えてる問題や状態を察するのが得意な
方やと思ってた。(だいたい質問をいっぱいするんやけどな。)

でも彼女は違った。


後に彼女が言ってたけど、やっぱり外ではかなり無理をしていたみたい。


話を聞いた後、どう励ましたらいいのかわからへんかったけど、でもここで一か八か
彼女の望むものを全て与えてくれる人を紹介してみよう、と思った。

イエスキリストである。

うちのツタナイ説明(カミながらw)に耳を傾けてくれていた彼女。
もちろん一気に信じれるわけがなく、来週から一緒に聖書の話を見ていかへん?
と誘ってみた。


こんなこと初めてだ。
今までも何回も福音をチャペルに来たノンクリスチャンに話してきたし、本も渡した。
でも、聖書を勉強しよう!なんて提案したのは彼女がはじめてだ。

それだけ彼女の心に「渇き」があることがわかったし、また神様が彼女を呼んでいる、と
感じたんかもしれへん。


彼女がクリスチャンになったのは、それから約半年後の3月のことである。

ただただ神様の御名を讃美したい。


もちろんクリスチャンになるまでの半年は、決して平坦なものではなかった。
「神様大好きやー。もっと知りたい!」という週もあれば「もうチャペルに来るの
やめよっかな。」という週もあった。

もーあかんのかなぁ、と諦めそうになったこともしばしば。
うちの教え方、愛の示し方があかんのかも、と自分を責めたり自信喪失になったことも
よくあった。


でもそんなうちの不信仰&弱気な態度も神様には関係なかった。
神様は、誠実に、着実にAちゃんの心に働いて下さり、心を変えて下さった。


「チャペル帰ってから、ほんまは自殺しようかなって思っててん。」とメールして
きてた彼女が、今では誰に神様の愛を伝えようかなって嬉しい悩みを話してくれる。


1年半前に出会った時の彼女とは別人だ。

もちろんうちがクリスチャンになった時みたいに、感情のアップダウンはある。
神様との関係より、他のことに目が奪われることもある。
悩みも問題もまだ残ってる。眠れないことも、視線が気になることもある。
うちが完璧でないのと同じように彼女も完璧じゃない。

でも確実に言えること。

それは、イエス様という最高の男性に恋をする「フツー」の女子高生になった
ということ。


そして、イエス様はAちゃんのそんな弱さも含めてすっぴんの彼女を愛してくれてる。

イエス様との結婚式(バプテスマ)も先月1月6日に無事終えた。
もちろん(心は)ノーメイクで。(笑)

彼女とは、最初に「聖書の勉強してみーへん?」と誘ってから、現在に至るまで、
ほぼ毎週聖書の勉強なり、ただ話して祈ったりする時間を彼女と一緒に過ごしてる。


彼女との関係から学んだことは数知れない。
でも、もうすでに長すぎるので続きはまた次回。


Aちゃんを救ってくださった神様にハレルヤーと思った人
これからのAちゃんと神様とのらぶらぶ生活を応援したい人
クリックお願いしま〜す(みんなの協力のおかげで、「しつけ」部門wで1位になりました〜。
ほんまにありがとうございますもっともっといろんな人に、
どんな人でも変えることのできる、この聖書の神様を知って欲しいな。

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発表。

みんなに今まで隠してたことがあるねん。



実はうち、隠し子がいるねん。

























なんてね ウソウソ。

なんやねんしつけがなっとら〜ん、と思った人は
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ふ〜こんなしょーもないネタをするために、スペース半分使ってしもた。
あ〜もったいない。

まぁ〜「隠し子」はウソやけど、でも「霊的Baby」ならいるよ。
うちとマークが大切に大切にしている女の子で、初めて一緒に「救いの祈り」
を導いた子。だから彼女はうちらにとって初めての(霊的)Babyなのだ。
時期的には、クリスチャンになったのがノアの誕生より先やったから
我が家の長女ね。
(あ、ってか実は我が家に来る『娘・息子』は他にもいっぱいおんねんけどな。w)


で、今日はその子との話。

彼女と出会ったとのは1年半前の秋。うちらのチャペルでしてる夜のユース
プログラムに来てたかわいい魅力的な女子高生、Aちゃん。

普段なら高校生にはあまり話しかけないうちやけど(恥ずかしがりやねんな〜実は)
偶然にも彼女は、以前うちが働いていたスポーツクラブに通う会員さんやったんや。
おばちゃんばっかの午前に、若い子来てるなー、高校生やのになんでやろ、と
少々不思議に思ってたから、顔は覚えてた。

で、チャペルで会った時、何気に「なんで午前中来てたーん?」って聞くと
「学校さぼっててさー笑」と彼女。

まき「あーあるある。しんどい時あるもんなー」
Aちゃん 「明日も行きたくないねんなー」
まき「なんで〜?なんか嫌なことあるん?」

Aちゃん「・・・なんかな・・・」で、突然
彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちて来たっ

さっきまで屈託のないかわいい笑顔を振りまき、「なーんにも悩み事ありせ〜ん」ってな
無邪気な態度やったんが一変。

うちはオロオロして、とりあえず、2人でゆっくり話をしてみることにした。


続く・・・

ってか、最初のネタにスペース使い過ぎやんな。反省・・・

まぁ、遊び心も大切やんな。って賛同してくれた人もそうでない人も
(って結局全員かっ)クリックお願いしまーす。↓
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怒濤の大阪弁で・・・

うちは女に産まれてほんまによかったと思ってる。

めんどくさいこと、損なこと、タイヘンなこと、嫌なこと、などなどいっぱい
あるけど、全部含めて神様に感謝してる。
男に産まれたかった!と思ったことは一度もない。

でも、それでもこの月一で来る感情の波に乗るのは、あんまり楽なこと
ではない、と思う。俗にいう「PMS」(月経前症候群)や。


そろそろ波も落ち着いて来た頃かと思うけど、別人のように変わる自分に
イライラするし、「あ〜クリスチャンやのになんでひどい・・・」と
自分を責めて落ち込むこともする。
一番の被害者はなんといっても旦那であるマークやろう。
(もちろん普段から不満に思ってることが原因でイライラすることもあるん
やけど、チェックは一層厳しく、そして時に理不尽なものもある)

これについてもまたいつか詳しく話さなければ!・・・と勝手なプレッシャーに
感じるくらい、うちは(特にマークと付き合ってた独身時代)様々な葛藤に
苦しんだ。だからうちの経験を通して、愛する我が同士である女性のみなさん&
これからそんな女性達と一生を共にするであろう男性達の助けに少しでもなった
らな・・・なんて思う次第であります。

(ホラ、なんかテンションもいつもと違うやろ。)

といっても、立ち直りの早さもティガー並みなもんやから、心配ご無用
やけどw

で、うちが今日ほんまに紹介したいのは、うちの「波」ではなく、
波のように怒濤の大阪弁をまくしたて、コミカルな動きとシャープなトークで
旧・新約聖書の神髄をそりゃーもー腹抱えて笑うくらいの勢いでお話して下さる

(ここだけ敬語かいっ!)高原剛一郎氏の(ある意味)ディナーショーの
お知らせである。

実はうちはまだ直接お会いしたことはなく、うちの友達が彼の講演イベントの
関係者っぽくて、DVDを見せてもらって楽しませてもらってるとこ。

いやーほんまに、うちこの人の話の仕方、内容どれをとっても壺(ツボ)に
はまる。これを聞いた後は、本一冊くらい読破した気分。
こんな教授が大学おったら、うち絶対無遅刻無欠席、オールAの自信あるもん。

キリスト教と政治、ビジネス、歴史なんかに興味のある人は一見の価値あり

WWJDユースとビジネスマンのコラボレーション

日付:2月15日(金)
時間:18時〜
場所:大阪梅田ホテルニューオータニ(オオタニ?)B1の
   どっかの部屋
  (ホテル1階ロビーの案内板に書いてるみたい)
会費:2500円(ご飯付き)


んで、なんと学生はタダ!タダ!やで。関東では「無料」ってちょっと
怪しまれることもあるみたいやけど、大阪では
そんなの関係ねぇ(ってそれが言いたかったダケ

*あ、話ずれるけど、この↑小島さんをうちは一昨日初めて生(テレビ)で
 見た!!実はうち、甥っ子(2歳)の『はい、オッパッピー(あってる?)』ダンス
 で存在を知った。テレビでは、頑張って新ネタ披露してたけど、「え、どこが
 おもろいん?」のマークの一言。あーこれはJapanese Jokeと言うべきか否か。

↓で、本題に戻る。

友達に「あ、問い合わせはどこにしたらいいん?」って聞いたら
「そんなのない。」って言われたし、質問なんかがあればとりあえずうちに
連絡して下さいな。


うちの代わりに燃えて来て下さーい

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光が輝くには時間が必要。

昨日あんだけ偉そうに「夫婦、子供が一番!」なんて言っといて、さっそく神様は
うちのその宣言が実行を伴ってないことを示してくれてる。(涙)


やっぱ自分が楽しむことが一番!って誘惑はいつも付きまとってるんやんなぁ。
今日は実家で食事した後、あるゲームをみんなでしだした。
そのゲームがおもしろいだけでなく、時間を競うゲームなだけに負けず嫌いのうちは
授乳中(終わりかけやったけど)やったにも関わらず、「お姉ちゃん!ちょっと見といて!」
なんて言ってノアを押しのけゲームに熱中。
両親は呆れ顔やったわ・・・。

で、そのゲーム。これな、一回やり始めたら最低10分はみんな絶対はまるで!
その名も「ぷちぷちゲーム」Bubble Wrap

さぁ、みなさんもどうぞ〜

今日の話は「HSをすることによってノンクリスチャンとの接点なくなるんちゃう?
神様のことを伝える機会が少なくなるやん!」
ってこと疑問の声に対する
うちの考え。

ま、あくまでうちの考えやし、反論や他の考え方もきっとあるんやろうけどね。
そんなコメントもお待ちしてま〜す


確かに、子供が家庭や教会という枠を出て他の世界にでると、神様のことを知らない
たくさんの人達と触れ合う機会が増える。
うちの友達も、子供が公立学校に通った時から、同世代の子供を持つ近所の人たち、
同じクラスの保護者の人達と知り合いになれた。同時に、その子供自身も今の時代には
びっくりするくらい素直でいい子。人気者になった彼が教会に行ってるって知ったら
多くの友達も、またその両親も教会に足を運ぶこともあるんやろうな。

こんな話を聞いてると、「確かに学校に行くと証をする機会も増えるんやろな。」と思う。


でも、うちは「子供が長い目で見てよいキリストの証人になるために、じっくり時間をかけて
熟成させてからデビューさせたい」
と思ってる。


子供ってさ、(実は子供だけでなく大人も!)周りにすんごい影響されやすいねんな。
かっこいい子が持ってるかっこいいもの。かわいい子が持ってるかわいいもの。
クラスの人気者の子がしていること、言ってること…そんなことが欲しくて、マネしたくて
みんなに仲間外れにされへんように必死。恐ろしいほどのプレッシャーやと思うよ。
うちの子供時代とは比べられへんほど、今の事態は深刻やと思う。

小学校1年生の子供を持つうちの友達が言ってたけど、最近では1年生であっても
DSやWIIとかのコンピューターゲームを持ってへんと友達と遊んでもらえへんことも
あるらしい。特に男の世界では。

何、ソレ? それ、ヒドイデショー。
それが友達の輪をつなぐもんなんや。それって「友達か・・・」。

だから学校から帰ったら言うねんな。

「みんな○○○○持ってるし、僕(私)も買って〜」
「だって、○○君(ちゃん)もしてたで〜」

何がいいか、悪いか、じゃなく「みんなが持ってるから、してるから。」を
基準に行動するようになったら、聖書の基準なんてなくなっちゃう。

もちろんそうなってきたら、家で諭し、教えることはできるやろう。でもな、
その葛藤の中で生き続けてると、時に子供は「ダブルスタンダード」(2つの基準)
で生きることもあるみたい。

外ではみんなに合わせて悪いことをしてても、家や教会では言うことを聞くいい子
ちゃん。何が真理かもわからんくなって混乱もする。

だってさ、日本では(特に学校)「みんなと同じことをする=協調性がある」
ってな価値観やろ?個人の意見や方法なんて認められへん世界やん。 
KYなんて言葉があるくらい、相手がどう思ってるか気にして、顔色を伺いながら
ビクビクして自分を形成せなあかん社会。
(相手を気遣うって意味では素晴らしい日本の文化やけどさ)

も〜大人でも疲れる

小学6年(中1やったかな?)からHSを始めたうちの友達がこう言ってた。


「もし私が学校辞めてHSしてないんやったらきっと今の信仰持ってないと思う。
 子供の信仰って堅く育つまでに時間が掛かるし、周りの子供に影響されやすい。
 しっかり信仰育ってから外にでても遅くないと思う。」って。

うちもそう思う。
子供の信仰レベル、成熟さに応じて、外との接点を増やして行き、責任を教え、
よい証人となる実質訓練をする比例式でいいと思うねんな。
だってさ、6歳でみんな一斉に小学校上がっても、それぞれの成長って
マチマチやん?

カンガルーの赤ちゃんだって、大きくなるまでママのお腹ん中やで。
(あ、関係ないかw)

うちもクリスチャンになってからの約4年間はほぼクリスチャンだらけの環境の
中で育った。甘ちゃんになったと言えばなったけど、同時に神様に対しての
信仰、信頼は堅く築かれたと思う。(もちろん充分ではないけどさ)

卒業して、ちょっとだけ外に出て(社会人ほど辛くはないと思うけど)色々
びっくりすることも、落ち込むことも、傷つくこともあった。でもその試練に
神様への「信仰」を持って立ち向かうことができたことはほんまに感謝してる。

だってさ、武器も持たさず、戦術訓練もせず、兵士を戦争に送り出す国なんて
ないやろ?経済的ピンチならするかもしれんけど、でももしそんなことしたら、
誰の目から見ても結果は明らか。

この世は霊的戦争やで?よーーーーーーーーーーーーーーーーく、うちは
忘れてるけど。
悪魔は吠えたける獅子のように、食い尽くすべき獲物がないかウロウロしてる。

悪魔が一番攻撃するのは、きっとクリスチャンホームやと思う。
だって、そこから信仰を持つ子供がウヨウヨ出て来ると困るから、根源から
抹消しようと総攻撃をかけてくるよ。前述のビッキーさんとこは子供が10人。
で、みーんなクリスチャンになって、またその子供(多分ファリス一家は
多産やと思うから少なくとも×3)がクリスチャンになったら、もう30人は
少なくともイエス様の弟子や。

ノンクリスチャンとの結婚でもそう。神様が真ん中におらん霊的に一致のない
結婚カップルが増えたら、その先の「光の子供」出現を押さえることもできる。
(まーこれについてもまたいつか・・・。これだけなら誤解を招く発言かも
 しれんからね)

ちょっと話ずれたけど、とにかく、子供を戦場に送り出すんやったら、それ
なりに訓練してからじゃないとあかんと思う。(あ、霊的にね)

最後に、ソビエト連邦の地下教会での話。

自由議会財団の創設者であるポール・ウェイリッチが長い間共産主義に埋もれて
いたソビエト連邦を訪れた。
彼はこう証する。

「私は最近、かつてソビエト連邦だった国を訪れ、力を取り戻したキリスト
 教会を見て来ました。かつでは年老いた女性しかいなかった教会が、いまや
 若者たちで満ちています。そこで幾人かの若者たちに聞いてみた。

 『あれだけの共産主義のもとにあったのに、なぜあなたがたは、
  クリスチャンになることができたのですか。』するとすべての若者が
  同じ答え『私の祖母からです。』と答えたのだ。国が全体が『神は
  いない』と叫ぶ共産主義者の声を聞いているときに、耳元でささやく
  祖母の声を聞いていたのです。『私たちがクリスチャンだということを
  忘れてはなりませんよ。神はいるのです。そして私たちは神を信じて
  いるのです。』
と。」

彼はこう付け加えた。

「ロシアの教会は共産主義という困難な体制の下に、長い年月にわたって
 ひっそりと潜んできました。やがてその腐った外枠が崩れ去ると、すぐさま
 教会はその光を輝かせ、空虚な文化を満たしたのです。」



準備が整った若者(また若者って言ってるって誰かに指摘されそうやけどw)は
どんどん外に出たらいい。
でも、芽生えたばかりのつぼみを一気に温度差の高い外に出すと枯れちゃう
花のように、温かい環境の中でじっくりと育て、美しい花を咲かせてから、人を
楽しませるって方法もあるんちゃうかな、と思うマキでした。

あ〜今日も長いね。ごめんなさい。

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おかんの犠牲とプレゼント。

昨日(か一昨日)タスク君のブログでなんと、このブログが紹介された!「ぶれいく間近なぶろぐ」

タスク君がこのブログを好きな理由の80%は「関西弁」な気がするのは
うちだけか?w でもとにかく感謝!!
 
さすが人気者タスク君。昨日の訪問者数は過去最高280人!ちょっと焦った。
今までこのブログを読んでくれてた人からしたら
「めっちゃ更新頻度あがってるやん!」
って感じなんやろうな。前は1ヶ月に2回平均やったし。w 久々に訪問したら
「あれ?」ってな勢いで読んでもらわなあかんな。すみません・・・w

たくさんの人が見てくれてる間に温めてたネタをどんどん更新していかな!って
刺激されてるわ〜。

ま、とりあえず、昨日書いてた記事の続きを更新。

↓こっから。

でもさ、正直外で活躍して、たっくさんの人を救いに導く方がかっこいいよな。
周りからも評価もらえるし、自分のしてることも認めてもらえる。
(ミニストリーにとどまらず、家庭以外での仕事はなんでも)

家庭にはいって、ましてや、HSなんかしてたら教会での奉仕なんかしてる暇
あるんかいなって感じやと思う。でもな、

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて
死ななければ、それは一つのままです。しかも、もし死ねば、豊かな実を
結びます。自のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者は
それを保って永遠のいのちに至るのです。ヨハネ12:24、25」


「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、
 喜び叫びながら帰って来る。詩篇126:5,6」

↑こうやって神様はうちらに約束してくれてるんやから、今すぐ目に見える
「報い」よりも永遠に続く何十倍もの実りを求めて行きたいって思うねん。

で、うちにとっては、それを実践するものの一つがHSやねんな。

うちは「教会での奉仕が忙しい・・・」
   「他に必要を抱えてる人がたくさんいるから・・・」っていう理由で
HSをしない(祈ることすらしない)のはほっんまに悲しいと思うし、
それって「THE 言い訳」やんって思ってしまう。
(他に理由あるなら分かるけど)

なんて言ってるけど、うちが今払ってる犠牲なんてプチぎせいみたいなもんやな。
まだまだ・・・。

なにしろ、こうやって自分のパッションをブログを通して伝えることが
できてること自体恵みやと思ってる。「母なるあなたに」を書いたビッキー・ファリスさんは
10人の子供(全員HS)のママ&弁護士やらなんやらしてる超忙しい
旦那さんの妻であるがゆえに何人もの人からアドバイスが欲しい、
話を聞きたいと願ってる人達のために充分時間を割く事ができないし、結局
本を書くにしても娘さんに代筆してもらわなあかんくらいのスーパー多忙な人だ。

なら、うちはまだまだいけるなっ!!ってか、別にうちは誰にもアドバイス
求められてへんのに、こんなに熱く書いてるんやけどさ。

でもほんまに彼女の証は、彼女の生き方そのものやし、その犠牲は彼女の10人の
子供たちが世界に広がって実を至るところでばらまいてくれるはず!

もちろん、10人じゃなくとも1人でも。

世界的に超有名なエリザベス・エリオットが

「・・・私の人生に与えられたすべての賜物(私の経歴や仕事や他のすべての賜物)
 の中で、私にとって母となることよりも尊くかけがえのない賜物はありません。

なんて言ってんのはめちゃ励ましになる。
しかも彼女の子供は1人だけ。

フェミニズムの波が押し寄せてる現代にあって、どんどん(いい意味で)
家庭に逆流するムーブメントを起こすのがうちの野望。

まだ子供いない人、ってか結婚してない人、彼氏・彼女もまだ神様が用意して
くれてる段階の人でも、今から祈ってって欲しいな。
このビジョンが与えられたら、「まだ早い」といわずどんどん情報集めしてこ〜。

今若者の間でかなりクリスチャンが増えてるみたいやけど(10代で7%とか!)
その次の世代のために、さらに若い(ってかまだ産まれてもない)子たちに
光の道を示してあげたいな。

「え、でも、HSやったらノンクリと接する機会なくなって、この暗闇の世界に
 光ともらんやん。」って疑問を持つ人。
うちもそう思ってた。でも今は別の考えが与えられてる。

その続きは、また今度。

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何に犠牲を払う?

なんやかんやしてる間に、ノア坊やが産まれてもうすぐ8ヶ月。(2月17日で)
正直、めっちゃ楽しい8ヶ月間やった。
「育児は大変っ」ていうマイナスイメージも吹き飛んだ、なんてことはないけど
でもその大変さ以上に喜び&祝福倍増やと思うわ。

ノアは今、一人で座れるだけでなく、産まれたての子鹿のように一人で立とうと
お尻をあげて練習中。って、あなた「ハイハイ」が先やろって突っ込みたくなる
くらい立つのが好きな坊や。支えなしで3秒くらい立てますw。
ダ行が好きなんやけど、最近マークを見て意図的に「ダダ」or「ダディー」と
言ってるんじゃないかと親バカながら思う。
調子が良ければ「Hi」や「 Hey」なんかも。。。

でも、マミーBoyのはずやのに、マ行はいっさいなし。w ま、気長に待と。

えっと、今日はHSもというちの子育てポリシーについて(理想論とも言う)


前もちらっと書いたと思うけど、(「父親の役割」)うちら夫婦のミニストリーの
優先順位は夫婦関係→子供→お互いの家族→神様がうちらに重荷を与えられた
人達(教会でのミニストリーとかも)やねんな。


だから、うちはいくらミニストリーが好きで、もっとチャペルで奉仕したいと
思っても(またプレッシャーが与えられても)マークやノアに影響がでない
程度にしたい、と思ってる。でも正直、活動的でアイデアマンのうちにとったら
難しい時もある。(これについてはまたいつか話せたらいいけどね。)

ある人は子供のミニストリーに集中してる間に、何人もの人に神様のことを
伝えれる機会失ってるんちゃうん?って思うかもしれへん。

でも、次の話を聞いて欲しい。

1800年代、アメリカでビリー・サンデーという説教者(牧師?)が
人気を博してた。彼の説教は何百万人という人に聞かれ、何十万もの人が
救いに導かれ、(正確な数字は調査中。)社会にも影響を及ぼし、元大リーガー
ならではの大胆な説教に聴衆は酔いしれた。

でも、彼の2人の息子が犯罪を犯し刑務所に入った、と伝えられた日から
彼の人気は急降下。

彼が聴衆に伝える「愛」に説得力がなくなったからやねんて。

でも、彼の第一子の娘はクリスチャンだ。

この違いはどこから来るんやろうか?

聞くところによると、彼は人気が出て忙しくなる前、たっくさんの時間を
娘と過ごしたそうだ。でもミニストリーで忙しくなったので、
彼は2人の息子を寮生の学校に送ったんだって。

もう一つの話は、ファミリーフォーカスのジェームズドブソンさんの生い立ちから。

彼の父親も同じく人気のある説教者で全米各地を飛び回る忙しい生活を送って
いたみたい。
でも、ある日ドブソンさんの粗暴の悪さに耐えきれなくなった母親が旦那さんに
電話をかけ

「もう我慢出来ないわ。帰って来てちょうだい!」って訴えた。

その日からドブソンさんの父親は、決まっていた講演などの仕事を全部キャンセルし、遠くでの仕事は断るようになり、家族と近くで生活できるような環境を
作ったんやって。

数年後、父親が仕事に本格復帰した時にはもう彼の人気はなくなっていたそうだ。

彼の払った犠牲は大きかったみたい・・・。

でも!その犠牲からもらえる報酬の実は、その払った犠牲以上に膨れ上がってると
断言できる。
彼の息子ドブソンさんの書いた本、講演ビデオなんかで祝福をうけてるのは
うちだけじゃないはずや。

ドブソンさんはよく「今の自分がいるのは『父親』のおかげ。」と言ってる。
彼の父親は、イエス様が示す「ほんものの愛」のお手本を示してくれたんやろうね、
きっと。

最初に出て来たビリー・サンデーとドブソンさんの父親。
どちらも神様を愛し、神様に仕えていた人達だ。

でもその働きの実は違ってた。

時間も確かに大切やろうけど、それ以上に「どこに犠牲を払うのか」という
優先順位の違いがこの差を出したんかなって思う。

もちろん子供も自発的に反応する人間で。救いの最終的責任者は神様やと思う。


でも、うちの去年のベストセラーやった「いばらの生け垣」の作者ジョーキャロルが
言うように

「僕が歩むべき道を進むようにと訓練するために、適切なしつけと、信仰の教え
 など、あらゆる方法が用いられ、両親は、模範的な生き方を僕に示すことに
 よって、神の前における責任を果たしました。ですから、僕が終わりの日に 
 自分への割り当ての地に立っていないなら、僕が受ける有罪宣告は、より
 厳しいものになるでしょう。」

というように、「神様から与えられた仕事の最善を」子供に尽くすことが
何よりも一番重大な使命なんちゃうかなって思う。

あ、また長くなっちゃったし、続きはまた今度。

下書き機能&予約投稿機能にほんまに感謝や〜。


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書くつもりやったけど・・・

いや〜ほんまにクリスチャンブロガー盛り上がってるね。
今日はもう一つのうちのお気に入りニッチ(勝手に呼び捨てしてるけどw)グログ-GROWING UP-
が一位を獲得また感動的なこと書いてくれてる
チェックチェックやで。

この前リバジェネ一本の時のニッチのブログを読んだんやけど、その場にいた者と
しては、その時の状況知ってるから、ニッチの心が知れたこと、何が起こったか
知れたことはめっちゃ嬉しかったし、感動した。→「いっぽんで主に語られたこと」


確かに最初は(ごめん、本音言っちゃうけど)「何回も同じこと言ってるな〜。」
「もっと深いメッセージ聞きたいのにな〜」って思ってた。でも途中何かが
変わったのがわかった。メッセージはシンプルでも、一つ一つの言葉に聖霊の
働きを感じ、心の奥底に伝わってったの覚えてる。まさにドゥドゥン!やったね。

→この「ドゥドゥン!」をうみ出した中学生(やったと思うけど)クリスチャンの
男の子今どうしてるかな〜。もしコレ見てたら連絡下さい。w

今日は、前のホームスクーリング(HS)にトピックを戻すね。と、いっても
HSだけじゃなく、うちの子育てポリシーみたいな感じやけど。


って、書こうと思ってたらノア起きちゃったしまた今度。

今日はうちの住んでる京都では珍しく雪が積もってる!!
チャペル行けるんか謎やけど、まぁみなさまよい日曜日を。


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一つのからだ。

「奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。
働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての
働きをなさる同じ神です。
・・・ですからちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、
からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、
キリストもそれと同様です。」第一コリント12:6&12



・・・なんか最近ブログやってて、これを実感してる。

前「友達以外のブログはあんまり見ない(見れない)」って書いてたけど
ランキングに参加するようになってから変わってきてる。
更新情報がすぐ出るし、面白そうな記事とかも分かるから見やすいってのも
あるかな。

キリスト教部門には今日現在127ブログあるんやけど、どれもみんな個性的で
年齢はもちろん、性別、職業、スタイルも様々。(今みたら131あった!)
でもほとんどのブログは神様を伝えたい!って思ってるみたい。
(特にランキング上位の人達は)

なんかそれ見てて、色々刺激される。

学生の、社会人の、主婦の、牧師の、視点から見た世界。
男性の、女性の、独身の人の、結婚してる人の感じる世界。


でも、どれもキリストってメガネを通して伝える世界。

神様の愛に焦点をあててるブログ、神学的な学び中心のブログ、
証中心のブログ、自分の賜物を通して神様を伝えようとするブログ、
教会で学んだことを書いてるブログ、グルメ中心のブログ(クリスチャンでも
結構多い。やっぱ霊的ごはんと美味しい体のためのごはんは一体だね。w)
挑戦的で厳しいことを勝手に好き放題言っちゃってるブログ(あ、これうちのことかw)

スタイルも、対象とする人も、感じることもそれぞれ違うけど、でも
みんな(だと期待するけど)神様の栄光を伝えたいと思ってる。

最初ランキングに参加した時、どんどん順位が上がっていくのが嬉しくて
(みんなの応援感謝します)浮かれてたけど、うちが上がるって
ことは誰かが下がる、ってことで、それを喜ぶのも、なんか最初の動機と
違うな〜なんて思い始めてた。

そんな時ツトム君のブログで、キリスト教カテゴリーで一位になるのが目標
じゃなくって、宗教・思想カテゴリーで上位になって、キリストをあらゆる
宗教家、思想をもった人に伝えるのがゴールや!って聞いて、あっそっか〜と
納得した。

キリスト教カテゴリーにいる人はみんな仲間。競い合っても意味ないなって。
(もちろん支持されたら嬉しいし、知名度上がると、自分の伝えたいことが
知ってもらえるし悪くはないけどね。)
自分の負けず嫌い心がムクムク出て来てたのに気づいてたので、この言葉は
助かった。
 
なんか特に、このブログ村に参加してるクリスチャンブロガー達は、他の
ブロガーに影響され、励まし合ったりしてるのがよくみれて嬉しい。
ツトム君とタスク君ネタは他でもちらほら見るよ。特に男の人達は
刺激を受けてるみたいやね
ツトム君はよくブロガー達を励ましたり、ブログを通して神様伝えよう!って
まだブログをしてない人にも勧めたりするから、なんかほんまリーダーみたい。w


これからも、それぞれが、神様に与えられたビジョンを思い思いの方法で
表現し、もっともっともーーーーーーーっと神様の栄光が知れ渡ったらいいな。


今は、ランキングでアクセス挙げるため頑張って更新してるけど、軌道に
乗ったら、ちょっと一休みするかも。更新怠ってるな〜と思ったら、
神様との充電期間だと思って下さいな。(それかただ忙しいだけか・・・)
ネタはいつもたーっくさんあるねんけど肉の思いだけでつっぱしって
書きたくないからね。
それでも時々は訪れて、過去記事でも読んでくれると嬉しいな。
それか、リンク先にある旦那Markのブログか。(ほぼ英語のみやけど)

では、また時間見つけてまた更新するね。

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