昨日あんだけ偉そうに「夫婦、子供が一番!」なんて言っといて、さっそく神様は
うちのその宣言が実行を伴ってないことを示してくれてる。(涙)
やっぱ自分が楽しむことが一番!って誘惑はいつも付きまとってるんやんなぁ。
今日は実家で食事した後、あるゲームをみんなでしだした。
そのゲームがおもしろいだけでなく、時間を競うゲームなだけに負けず嫌いのうちは
授乳中(終わりかけやったけど)やったにも関わらず、「お姉ちゃん!ちょっと見といて!」
なんて言ってノアを押しのけゲームに熱中。
両親は呆れ顔やったわ・・・。
で、そのゲーム。これな、一回やり始めたら最低10分はみんな絶対はまるで!
その名も
「ぷちぷちゲーム」Bubble Wrapさぁ、みなさんもどうぞ〜

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今日の話は
「HSをすることによってノンクリスチャンとの接点なくなるんちゃう?
神様のことを伝える機会が少なくなるやん!」ってこと疑問の声に対する
うちの考え。
ま、あくまでうちの考えやし、反論や他の考え方もきっとあるんやろうけどね。
そんなコメントもお待ちしてま〜す

確かに、子供が家庭や教会という枠を出て他の世界にでると、神様のことを知らない
たくさんの人達と触れ合う機会が増える。
うちの友達も、子供が公立学校に通った時から、同世代の子供を持つ近所の人たち、
同じクラスの保護者の人達と知り合いになれた。同時に、その子供自身も今の時代には
びっくりするくらい素直でいい子。人気者になった彼が教会に行ってるって知ったら
多くの友達も、またその両親も教会に足を運ぶこともあるんやろうな。
こんな話を聞いてると、「確かに学校に行くと証をする機会も増えるんやろな。」と思う。
でも、うちは
「子供が長い目で見てよいキリストの証人になるために、じっくり時間をかけて
熟成させてからデビューさせたい」と思ってる。
子供ってさ、(実は子供だけでなく大人も!)周りにすんごい影響されやすいねんな。
かっこいい子が持ってるかっこいいもの。かわいい子が持ってるかわいいもの。
クラスの人気者の子がしていること、言ってること…そんなことが欲しくて、マネしたくて
みんなに仲間外れにされへんように必死。恐ろしいほどのプレッシャーやと思うよ。
うちの子供時代とは比べられへんほど、今の事態は深刻やと思う。
小学校1年生の子供を持つうちの友達が言ってたけど、最近では1年生であっても
DSやWIIとかのコンピューターゲームを持ってへんと友達と遊んでもらえへんことも
あるらしい。特に男の世界では。
何、ソレ? それ、ヒドイデショー。
それが友達の輪をつなぐもんなんや。それって「友達か・・・」。
だから学校から帰ったら言うねんな。
「みんな○○○○持ってるし、僕(私)も買って〜」
「だって、○○君(ちゃん)もしてたで〜」
何がいいか、悪いか、じゃなく「みんなが持ってるから、してるから。」を
基準に行動するようになったら、聖書の基準なんてなくなっちゃう。
もちろんそうなってきたら、家で諭し、教えることはできるやろう。でもな、
その葛藤の中で生き続けてると、時に子供は「ダブルスタンダード」(2つの基準)
で生きることもあるみたい。
外ではみんなに合わせて悪いことをしてても、家や教会では言うことを聞くいい子
ちゃん。何が真理かもわからんくなって混乱もする。
だってさ、日本では(特に学校)
「みんなと同じことをする=協調性がある」ってな価値観やろ?個人の意見や方法なんて認められへん世界やん。
KYなんて言葉があるくらい、相手がどう思ってるか気にして、顔色を伺いながら
ビクビクして自分を形成せなあかん社会。
(相手を気遣うって意味では素晴らしい日本の文化やけどさ)
も〜大人でも疲れる

小学6年(中1やったかな?)からHSを始めたうちの友達がこう言ってた。
「もし私が学校辞めてHSしてないんやったらきっと今の信仰持ってないと思う。
子供の信仰って堅く育つまでに時間が掛かるし、周りの子供に影響されやすい。
しっかり信仰育ってから外にでても遅くないと思う。」って。
うちもそう思う。
子供の信仰レベル、成熟さに応じて、外との接点を増やして行き、責任を教え、
よい証人となる実質訓練をする比例式でいいと思うねんな。
だってさ、6歳でみんな一斉に小学校上がっても、それぞれの成長って
マチマチやん?
カンガルーの赤ちゃんだって、大きくなるまでママのお腹ん中やで。
(あ、関係ないかw)
うちもクリスチャンになってからの約4年間はほぼクリスチャンだらけの環境の
中で育った。甘ちゃんになったと言えばなったけど、同時に神様に対しての
信仰、信頼は堅く築かれたと思う。(もちろん充分ではないけどさ)
卒業して、ちょっとだけ外に出て(社会人ほど辛くはないと思うけど)色々
びっくりすることも、落ち込むことも、傷つくこともあった。でもその試練に
神様への「信仰」を持って立ち向かうことができたことはほんまに感謝してる。
だってさ、武器も持たさず、戦術訓練もせず、兵士を戦争に送り出す国なんて
ないやろ?経済的ピンチならするかもしれんけど、でももしそんなことしたら、
誰の目から見ても結果は明らか。
この世は霊的戦争やで?よーーーーーーーーーーーーーーーーく、うちは
忘れてるけど。
悪魔は吠えたける獅子のように、食い尽くすべき獲物がないかウロウロしてる。
悪魔が一番攻撃するのは、きっとクリスチャンホームやと思う。
だって、そこから信仰を持つ子供がウヨウヨ出て来ると困るから、根源から
抹消しようと総攻撃をかけてくるよ。前述のビッキーさんとこは子供が10人。
で、みーんなクリスチャンになって、またその子供(多分ファリス一家は
多産やと思うから少なくとも×3)がクリスチャンになったら、もう30人は
少なくともイエス様の弟子や。
ノンクリスチャンとの結婚でもそう。神様が真ん中におらん霊的に一致のない
結婚カップルが増えたら、その先の「光の子供」出現を押さえることもできる。
(まーこれについてもまたいつか・・・。これだけなら誤解を招く発言かも
しれんからね)
ちょっと話ずれたけど、とにかく、子供を戦場に送り出すんやったら、それ
なりに訓練してからじゃないとあかんと思う。(あ、霊的にね)
最後に、ソビエト連邦の地下教会での話。
自由議会財団の創設者であるポール・ウェイリッチが長い間共産主義に埋もれて
いたソビエト連邦を訪れた。
彼はこう証する。
「私は最近、かつてソビエト連邦だった国を訪れ、力を取り戻したキリスト
教会を見て来ました。かつでは年老いた女性しかいなかった教会が、いまや
若者たちで満ちています。そこで幾人かの若者たちに聞いてみた。
『あれだけの共産主義のもとにあったのに、なぜあなたがたは、
クリスチャンになることができたのですか。』するとすべての若者が
同じ答え『私の祖母からです。』と答えたのだ。国が全体が『神は
いない』と叫ぶ共産主義者の声を聞いているときに、耳元でささやく
祖母の声を聞いていたのです。『私たちがクリスチャンだということを
忘れてはなりませんよ。神はいるのです。そして私たちは神を信じて
いるのです。』と。」
彼はこう付け加えた。
「ロシアの教会は共産主義という困難な体制の下に、長い年月にわたって
ひっそりと潜んできました。やがてその腐った外枠が崩れ去ると、すぐさま
教会はその光を輝かせ、空虚な文化を満たしたのです。」
準備が整った若者(また若者って言ってるって誰かに指摘されそうやけどw)は
どんどん外に出たらいい。
でも、芽生えたばかりのつぼみを一気に温度差の高い外に出すと枯れちゃう
花のように、温かい環境の中でじっくりと育て、美しい花を咲かせてから、人を
楽しませるって方法もあるんちゃうかな、と思うマキでした。
あ〜今日も長いね。ごめんなさい。

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