昨日急いで書いたから、読み直してみたら、なんか納得いかへん内容&誤字脱字だらけ
やったので、ちょっと訂正&付け加えなどしてみました〜。数日前に、Mixiで、あるニュースについて取り上げみんなの意見を聞いてみた。
それは、「ベビーカー鉄道利用ご利用マナーポスター」の提示について。
要約すると赤ちゃんが安全、また他の利用者も快適に電車に乗れるように、
ベビーカー利用者のマナー向上を訴えかけるためのポスターらしい。
全然うちは知らんかってんけど、原則ベビーカーって電車の中では畳むのがマナー
らしい・・・。でも最近はそれをしなかったり「非常識でマナーの悪い人が
増えて来てる」ってこととベビーカー関連の事故が多いので、キャンペーン
乗り出したらしいんやけど、う〜ん、やっぱり納得いかへんことも満載。
ま、ここではあえて白熱トークはせーへんけど、うちのMixiでも過去最高に
熱いトークが繰り広げられた。
それぞれの立場、過去の経験、性別などなどによって色んな意見があってめっちゃ
面白かった!
うちのマイミクさんの中では、むしろベビーカー畳んで、ベビと荷物抱えて乗車の方が
危ない。そんなに危ない&邪魔なら「ベビ&子連れ専用車両orスペース」を
確保したらいいってな意見が主流。
(あと、海外からの意見としては「それが常識と言う方が非常識」というのも。)
でも中には、「畳むべき」という意見の人もいた。
もちろん賛成でけへんことも含まれてたけど、それでもそ他の人の生の意見が
聞けることは嬉しかった。ガツンっと言われた分、うちも気兼ねなく言えたし。
人ってさ、やっぱり自分の主張が一番正しいと思うのが性ってもんやと思う。
うちもママとしての見方だけでは見えて来ーへんかった意見もたっくさんあった。
(他の人の日記見ててもさ。まぁ、ショックなのも多かったけど)
違う角度、視点から考えさせられることってすごく大切やな、と改めて
思わされた。
この前もさ、あるクリスチャンブロガーの記事見てて、すんごい気にかかった
ことがあってんな。悪いことを書いてるとかそんなんじゃないねんけど
なんか違和感を覚えることがあって。
そのままほっといて、あ〜この人はこういう考え(これもまたうちの視点で
考える決め付けね)の人なんや、と終わっとくこともできたけど、でも尊敬する
大好きなブロガーの一人やしなんか嫌やな、と思って思い切ってうちの
意見とその人の言葉の裏にある思いを聞いてみた。
もしかしたら「ムッ」ときたかもしれんけど、その人はちゃんと返事もくれ、
丁寧に答えてくれてた。あ〜なるほど、確かにそういう思いがあれば、そ
ういう書き方になるんやなって、すごく納得できたし、視野も広がった。
うちが勝手に思ってるだけかもしれんけど、なんかもっといい関係になった
気がしてん。(いや〜独りよがり??w)
文章ってさ、人の全ての過去の経験や性格や、思想を全部表現することって
難しいこと多いと思うねんな。気持ちも逐一変わって行くし。
うちのブログにしても、今回はこの部分を強調して書こうと自分の中で思ってても
○○の部分を書いてないからダメと思われたり、ちょっとした表現や言い回し、
文章構成などなどで誤解を与えたり。逆に誰かの文章を見て誤解したり。
ほんまに難しい。
だから、ブログにしても、Mixiにしても、ちょっと「んっ?」って思ったら
直接本人に聞いてみるってのはめっちゃいいことなんちゃうかなって思う。
言ってみたら、案外大したことない誤解やったりってことも多いにあるし
言われた方も、自分の主張を違う言葉で表現したり、視野が広がることもある。
(他人の批判が全て正しいわけちゃうけどさ。)
うちはこう思ったけど(捉えてるけど)、実際はどう思ってるん?
これにはどういう意味があるん?とかってな(決めつけでない、相手の意見も
聞く姿勢のある)本音トークは、もちろんWeb上、紙面上だけに関わらず、
どんなコミュニケーションをとる場合においても必要やな。
当然ながら自分の意見(考え)に賛成する人もいれば、反対する人もいる。
その反対意見を個人的な攻撃ととらえて、落ち込むこともある。
(は〜い、うちで〜す w)
でも、言われへんで陰で批判されてたり、勝手に誤解されたままでいる方が
もっと辛い。
ツトム君の
健全なリレーションシップ(これ必読やで

)にも
書いてる通り、その人とほんまに仲良くなりたい、表面的な仲は嫌やと思うなら、
それこそ本音で語り合いたいし、語って欲しい。
喧嘩になるかもしれへん。納得でけへんこともいっぱいあるかもしれへん。
でも、2つのボール(たいがい、人は丸じゃなく、とげとげしいもんついてるけどw)を、
1つにしようと思ったら、力の摩擦で痛みが伴うけど、1つに合体した後は、
そりゃーもー強いボールになるってと同じで、(ごめん、なんか説得力なさ過ぎな
例えやなw)それは必要な痛みのプロセスなんやと思うな。
やけど、愛がないなら言うべきでない、と思う。
あと信頼関係も必要やね。
普段しゃべらん父親が、勉強の合間にたまたまテレビを見てる時に帰ってきて
「おい!そんな遊んでばっかりおらんで勉強せー!」って怒鳴られるとほんまに
嫌やろ。
ただ自分の正しさを主張がしたいだけ、気に入らないから、ムカついてるから
ってな気持ちがあったら、その本音も意味がなくなってしまうね。
こんなこと言ってるうちやけど、いまだに言うべき「本音」を言ってへん関係の子が
いる。
勢い余って言っちゃった「本音」と言われるその人の言葉にめっちゃ傷ついたこと。
そこから学んだこともめっちゃあったけど、その後はその人のこと信頼するの
難しくなってしまった。その言われた言葉は忘れても、その子が言うかっこいい
神様への思いも、奉仕の態度も信じられへんくなって、時々、怒り&批判の心が
ふつふつ湧き出てはまた落ち込んでた。
「兄弟姉妹やのに愛し合ってへん。同じ神様に仕えるものとして最悪な心
もってんな、うち。」と苦しかった。
でもな、そんな関係になったのは、そんな言葉を言った彼女だけでなく、
うちの責任でもある。傷ついたということをその人に言わなかったし、和解
するための話し合いを設けず、めっちゃ表面上だけで接してるから。
(といっても、そんなに仲いいわけではないけどさ)
うちの基本的な性格は、そんなモヤモヤした、嘘っぱちの関係が大嫌いやから
たいがい、時期が来たら正直に言う。もしくは黙ってただ祈り、赦して、忘れる。
でもな、彼女の場合、他と違うのは、明らかに彼女に対して愛がなかったから。
本音を言ったところで、うちの自己満になるんちゃうかな、と思って
何度も何度も思いとどまった。(それがよかったでもかどうか分からんけど)
「愛が土台にある建設的な話し合い」ができるように祈り求めることもあまりしなかった。
むしろ「もうその人には近づきたくない。傷つくし。」という恐れが占めてた。
彼女がうちの人生になんの関わりもない限り大丈夫、と言い聞かせ、時々来る
罪悪感を払いのけ、平安を持って生きようとしてきた。
でもな、神様は、嫌というほど、彼女との解決してない問題をうちの前に
もって来続けて下さってる。(爆)
それと同時に、やっとこさ、最近になって傷も癒され、彼女への愛を下さい、と
祈れるようになってきた。
もうそろそろこの嘘っぱちの関係を手放す潮時かな。というか、手放したい。
(自分への言い聞かせ?)
きっとお互い2年ほど経って、成長した部分もあるやろうし、あの時の
あの言葉、どういう気持ちやったのか、なんで言ったのか、なんかをお互い
言い合えればまた広い世界が広がる気がするな。うちの被害妄想や自己憐憫も
ありありやろうし。w
またいつの日か、和解報告できるといいな。
う〜ん、またしてもまとまりのない話やったけど、要は
「ベビーカー専用車両計画を進めましょう」ってことです。
えーーーーーーーーーーーーーーー、んな訳ないです。
今日はちょっと一句(ごめん、数ちがうけど)でまとめをしてみるわ。
「でかい豪邸 愛と信頼の釘なしには 建ちまへん」
「曇ったメガネ 外して始めて分かる 外の世界」
「愛の剛球 ストレートで キャッチボール」
あ〜なんか意味わからんくなってきた
ダメ出しコメントも待ってま〜す。w (へたれなんで、お手柔らかに〜)

熱い本音ブロガーの生の声聞いたってな〜♬
PS 本音といっても言ってもためにならない、変わらない申告は避けましょう〜。
例 「昔あなたの旦那さんのこと好きだったの。(現在進行形も含む)」
「あなたの背が低いことで、私はずっと苦しんでるの〜」などなど。w
「