プロフィール

Author:Mark&Maki
*Mark*
アイオワ州出身シリアル大好き
アメリカ人。日本在住6年目突入。

趣味:スポーツ(アメフト)、読書
好きなもの:聖書、ギター、Maki(妻)

*Maki*
日本生まれ日本育ちの日本人。
アメリカンとジャパニーズの
いいとこどりを目指している。

趣味:料理&お菓子作り、読書
好きなもの:聖書、映画、Mark(夫)

6月に待望の長男☆望有(ノア)誕生♪
あまりにかわいすぎて、親バカ街道
まっしぐらの2人。ベビーサインと
ホームスクールをしようかと考え中。

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心を養う

今日は絶好の天気の中、大学時代からの友達と植物園にお出かけ。
(女の子ばっかやったから、マークはお留守番するって・・・)
ご機嫌ナナメ気味の坊ややったけど、神様の造った素晴らしい創造物を楽しめて
よかったよ。

さてさて、今日のネタは、ホームスクーリングというよりは育児全般の話。

先日、教会で小学低学年の女の子と話をしている時、
ひょんなことから、「兄弟喧嘩」の話になった。

3つ上のお姉ちゃんと結構激しくバトルする、とのこと。
ま、うちも4人兄弟で育ち、そんなことは日常茶飯事やったから特に驚かない。

でも驚いたのは、彼らがわざと親の前で喧嘩をしないこと!!
(もちろんする時もあるやろうけど)

喧嘩をしてる最中、親の足音が聞こえるや否や、何事もなかったかのように
ふるまい、親がいなくなった途端再びバトルを再開するらしい。

なぜそうするかと言えば、喧嘩をした罰(お菓子抜きやテレビなしなど)が
嫌だから。だから、罰を与えない人(例えばおばあちゃんなど)の前では
喧嘩をする。

全部計算した上での行動。

話を聞く限りでは、彼らの両親が与える「罰」はある程度の範囲の行動修正は
できているかもしれない。でも、肝心の「心」はどの方向に向かっているんやろか、
と考えてみた。

うちはクリスチャンホーム出身じゃないから分からへんけど、よく聞く話と
しては、クリスチャンホームで育った子は、少なくとも外見上はいい子に
振る舞おうとする子が多いらしい。(もちろんあからさまに反抗する子も
おるやろうけど)

正しいことの基準を知ってるし、守らなかったら罰が来る。
でもとりあえず、いい子に行動してたらおとがめもない。
忙しい親としても、言うことを聞いてくれる子供の方がいい。

でも、イエス様はそんな外側だけ白く塗った墓石のような偽物の美しさが
大嫌い。神様は外見よりも心を見られる。

子育てで最も重要なこと、そして一番難しいことは、その子供の行動を
変えることではなく、「心」を正しい方向、神様を愛し従う心に導くこと
なんやろうな、と思う。

これは、出産後に読んだ本「親と子のコミュニケーション」By テッド トリップ
で学んだこと。
うちはこれを読んで、育児に対する考え方がめっちゃ変わったし、もっと
楽しめるようになった気がする。
原題は、Shepherding a Child's Heart。そう、子供の「心」を導く羊飼いのような
役目が親の仕事なんだって。

育児のゴールは全部神様の栄光。神様中心の人生を歩みたいと子供が自発的に
思ってくれるような働きかけをするのが育児。

子供が親に従順であるようにしつけるのは、親が楽をしたり、自慢の子を持つため
ではなく、神様が命令されていることだから。
そして、その命令はいのちを与える。
親も神様の権威の下で育児をする。見るべきところは全部神様。
神様からの命令であるが故、神様の助け、導きもある。


頭で分かってたつもりやったけど、全然分かってなかったこんな色々なことが
一本の線につながるのを助けてくれた爽快本。

マジ、全ての子供を持つ親に読んでもらいたい。

でも、本を読むのが嫌いなそこのア・ナ・タ!(きもい?w)に朗報です。

この本の作者テッドトリップが5月に奥さんと共に来日しまーす。
関西と関東にて、チアにっぽん主催のセミナー開催予定。
ぜひぜひ足を運んでみて下さい。

関西 5月23日(金)・24日(土) 生駒聖書学院(奈良)

関東 5月30日(金)・31日(土)国立オリンピック青少年センター

詳しくは→チアにっぽん


理想や希望は膨らむものの、経験ゼロのホームスクーラー予備軍MJM。
もっと幅広い知識と知恵と情報、現状を先輩方から学びまくりたいと意気込んでおります。


次回は、主婦と若い人(特に男性)に向けた話を書く予定。
ん?主婦と若い男性の共通点とは・・・?
相変わらずこじつけ満載の記事をお楽しみに〜

テーマ : 行事・イベント - ジャンル : 育児

思いやり?高慢?

みなさま、ご無沙汰しております。約2週間ぶりの登場です。
アンディーさんの「優しい心遣いコメント」に励まされ、UPしようと
思うも、断念続きの日々。

忙しい、というよりも、最近体調も万全ではない上、なんせ集中力がない
パソコンの前に長時間いること自体疲れてしまう状態なもんで、書き物をしようと
思うとさらに頭を使うので、ネタは相変わらずいっぱいあるにも関わらず
かけなかった・・・。

でもいい意味で、ブログに「主導権」を握られる生活から完全に解放された
みたいで、それはそれでよかったと思う。

まぁ、でも4月ももうすぐ終わることやし、今日は気合いを入れて書いてみようと思う。

国際結婚ネタ第3弾。


先日の昼間、うちはマークに駅まで迎えに来てもらえないかと頼んでみた。
授業がない時間帯だし、行き先はどちらにせよマークの仕事場の学校。
歩いていけないこともないけど、坊やを抱っこしながら雨の中靴ずれした足を
引きずって歩くのはちょっと辛かったから。

でも、ちょうど何かの用事があり、無理だったので、うちはタクシーで
行くことにした。

実はその結論に至る前に、同じ学校に勤めるうちの友人が「迎えに行こうか?」
という提案をしてくれていた。でも、彼女も忙しいの知ってるし、わざわざうちを
迎えに来るためだけに来てもらうのが悪いと思って断った。

その夜。そんなことをマークと話していたら彼は

「え?なんで断ったの?主にある兄弟姉妹なんやから遠慮なくその好意を
 受けたらいいのに。もっと謙遜になってもいいんちゃう?」って。

正直、カチンっと来た。

これは謙遜じゃないとかの問題じゃなく、彼女の時間とか労力を考慮した
うえの、心遣いや配慮、優しさやって
これは日本では美徳なんやってと反論した。

これを読んでる日本人の方々。特にクリスチャンの方、どう思われますか?


確かに、日本では多くのアメリカ人よりも、本音を言わず気をつかって何かを
してくれる人は多いと思う。はっきりNoという人も少ないし、もしここで
優しさを見せなかったらあかんかも、という恐れによって、何かを提案したり
与えたりすることもあるかもしれない。(うちの友達がそうやったとは思わないけど)

だから、そんな日本人気質を配慮して「丁重にお断り」することも、ある意味
マナーというか必要なことなんかもしれへん。


でも、このマークの「謙遜になる」という発想はムッと来たものの、ある程度
的を得ているんじゃないかと思った。

確かにうちは「自分じゃどうしようも出来ない状態であるにも関わらず、
他人(家族は結構別になること多い日本w)の助けをへりくだって
『お願いします。私にはできないんです。助けて下さい』とは言えへんかった。
(といっても、今回の状況はそこまで大したことちゃうけどね)

何しろ、一般的な日本人は「借り」を作ることを極端に嫌う民族やと思う。
(お金に関してはどうなのか知らないが・・・w)
だから、心がこもってなくても「お返し」をする。
神様からの一方的な贈り物「恵」に対してでさえ、お返しをしようとして
一生懸命頑張る。

ある人は人からの手助けを拒み続ける。
「借り」ができちゃうから。

人の労力や時間を「借り」て「迷惑」を掛けることによって、何かしら
肩身が狭くなる思いや、自分の評価が下がるように思ってしまうんはうちだけかな。


日本文化の中では当たり前の「他人への配慮」は一見よく聞こえるけど、確かに
聖書的ではない動機も隠れてるじゃないかなと改めて思わされた。

パウロは「神のために働くものが報いを受けるのは当然です。」と言い切ったし!
また自分の過去の働きを思い出させ「私に対する借りについては、とやかく
いいますまい。あなたのたましいが救われたのも、私の助けがあったればこそ、
なのですが・・・。(ピレモン1:19)と遠回しにでも大胆にお願いをしてる。

もちろん、パウロは確かに今まですんごい大きな働きをしてきたから、そりゃ
言いやすいんかもしれんけどさ、でもやっぱり頭下げて人に助けを求めることって
謙遜な心や勇気が必要やと思う。


別に国際結婚に限らず、他の国の人と関わることによって、自分の行いや信じてる
ことを改めて聖書メガネで見れるから本当の意味で洗練されたものに
なる機会が与えられて楽しい。
これは、正しいことなのか、子孫にまで継続するべき文化・伝統なのか、ほんまに
聖書はそう言ってるんか、とかさ。

ドゥロスに乗ってた友達もそう言ってた。やっぱりクリスチャンであっても
周りの人に影響されやすいからね。
家族関係の持ち方、教会での在り方、恋愛、仕事などなど。
これが文化やねん、しょうがないねん!で終わるべきばっかじゃないと思うねんな。


うちは、本当に心のこもった相手への配慮、心遣いを持ち、
貸し借りを計算することも、計算されることも恐れることなく、
ほんまに必要な時には謙遜に助けを求め、また言葉通りに喜んで手助けする
バランスが整った人になりたいな。
教会の中ではまさしく「Free Culture,but Only Bible」が理想やね。

あ、ついでにちょっと話ずれるけど、前チラッと書いてたベビーカーのこと。
日本の書き込みでは「電車の中ではベビーカーを畳むのが当たり前!!」という
意見が多かったのに関わらず、Mixiのコミュ「国際結婚って!?」でトピ立てを
したところ、圧倒的に「そんなのあり得へん!」って意見が多かったのが興味
深かった。

もちろん国土の広さ、人口、国民性、公共施設の設備の違いなどなど色々あるから
一概に海外の現状を日本に持ち込むことはでけへんけど、でもやっぱりそのマナーと
よばれるもののには「弱き者、小さないのちへの軽視」っていうのが背後にあるん
じゃないかなと思ってるうち。

うちは、これが幾ら日本の「現状」で「文化」で「マナー」であったとしても
子孫の代まで受け継ぐ誇り高い伝統ではないと思ってるから、小さな声でも
社会に発して行きたいなと思ってる。

といっても、文句ばっかり言ってても誰も聞いてくれへんやろうから、
最近では可能な限りベビーカー使用を辞め、抱っこヒモで移動してる。
軽いベビーカーの購入も考え中。
「郷に入れば郷に従え」を実行しつつ、それだけでは絶対終わらさへんよ!!


みんなも普段している、思っている「自国では当たり前」のことを他の国では
どうなのかな?って考えると色々面白いことが発見できるかもしれないですよ〜


ふ〜久しぶりなんで、また長々書いちゃった。
次回は、国際結婚ネタ、ではなく久々のホームスクーリング ネタの予定です。

おやすみなさ〜い












テーマ : 国際結婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

トリプルチーズバーガー

国際結婚の醍醐味は、なんといっても2つの文化(人によってはそれ以上)を
客観的に見る機会に恵まれ、視野が広がることやと思う。

クリスチャンになる前は日本が大嫌いやったうち。

嫌いなとこをあげ出したらキリがないからあえて書かへんけど
とにかく日本を出たかった。生き苦しかった。

でもマークと出会って、自分の国、生まれ育った国、日本に対する見方が
随分変わった気がする。

もちろん好きじゃないとこはまだまだいっぱいあるけど、前みたいにただ単に
「嫌い」と全否定するんじゃなくて、自国の文化や社会的な状況に対し、感情的
ではなく、客観的に考えるようになった気がする。
地理的な、また歴史的背景があるから、この部分はこうなんやな、とか。
(これは国際結婚だけに限らず、海外生活や外国の歴史を勉強したら経験する
ことなのかもしれないけど。)そして誇りに思えることもたくさん出て来た。
「嫌い」という思いに邪魔され、いいとこがちゃんと見えてへんかったんかもね。

あと、妙に「日本人」としての誇りを持つようになったり。
マークと政治的、歴史的(特に戦争系)の話になると、急に「日本代表」に
なって、自国を守ろうとするから不思議やわ。w
今まで「嫌や〜」とか言ってたくせにさ。

あとね、ずっと憧れてたアメリカに対しても、逆に嫌やなと思う所も見えて来たり。

だから、客観的に2つの文化を比べることによって、さぁ、自分はその2つから
どんなところを取り入れ、どんなところを変えていくべきか、なんてことを
考えるようになる。


2つの文化に加え、クリスチャンの世界観も入るから、さらに視野が広がる。w

完璧な国をこの世に求めない。w
完璧な国は、天国だけやもんね。


よく国際結婚カップルから産まれた子供のことを「ハーフ」=半分なんてよぶけど
うちは「ミックス」もしくは「ダブル」とよぶことにしてる。

まぁ、実際マークだけみてもドイツ、スウェーデン、イギリスとかなんとか
色々混ざってるし。

うちらの子供は、(特に日本で育っていくなら)現実的にはアイデンティティーの
ことで葛藤したり、悩んだり、いじめられたりすることは、同国籍同士の両親を持つ
子供に比べきっと多いと思う。(逆にチヤホヤされ過ぎたり)

でも、そんな時はある国際結婚カップルの言うように、

「あなたは半分、なんじゃなく『ダブルチーズバーガー』なんやで
と励ましたいと思う。

倍おいしいってね。

そして、もちろんクリスチャンの世界観からみれば、国籍は関係ない。
どこに住んでいようが、どんな血が混ざっていようが、イエス様が養子に
して下さった以上、国籍は「天国」やもんね。

国際結婚から産まれた子供は、より一層このことを感じる・・・んかな?
(実際うちは違うから分からへんけども

日本のバラエティー豊かで健康的な食生活と、素直に自分の気持ちを
話し心の健康を目指すアメリカ(?)文化バンザイ

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↑やっぱりこのバナーが一番好きなMJMであった。

PS 友達からのコメントで、坊やはアメリカ、日本、天国籍の3重国籍
  なんだからトリプルチーズバーカーにしたら?というアイデアがあったの
  変更致しました〜w






テーマ : 国際結婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

「ありがとう。」と「ごめんなさい。」

昨日はPM9時就寝の、AM4時半起き。素晴らしく美容と健康によい生活を送った
気がする・・・。

日が登る前から、神様の御言葉を心に留め、神様が一緒にいて下さるのを感じ涙し、
自分の心にたまってた汚れを掃除して下さるようお祈りする。
こんな恵み深い朝のスタートは何日ぶりやろか・・・。(いや、何年ぶり?)

さて、軽くテンション高いうちに昨日の続き書いちゃうよ。

タイトル通り、「ありがとう」と「ごめんなさい」の使い方の違いについて。

うちのダーリンは(なんて普段こんな呼び方せんけど、テンション高いからあえて
使ってみた笑)アメリカ人なんで、他の国出身の人とは事情が違うかもしれへん
けど、その辺ご了承下さい。

アメリカでは「自分が悪いと思わない限り『ごめんなさい』と言わない」と
聞いたことがある。
逆に、日本では「挨拶代わりかのように『ごめんなさい』を連呼する」
まるで、全ての問題解決のための呪文かのように。

こんな違いから、結婚前うちらはバトルした覚えがある。

ある日、大学のPC部屋にこもって勉学に勤しむうちの所に、仕事が終わって
ウキウキのマークがやって来た。

まだマークが何を言うでもなく、うちは
「ごめんね、マーク。今忙しくてあんまり話せへんねん。」と言ってしまった。

日本では当たり前のこの一言でマークはこう感じたらしい。

「僕がただ来ただけで、なんで謝るん。別にまきは何もしてへんのに。
 まるで、僕がまきに悪い思いをさせてるみたいやん。」って。

まぁ、確かにマークが「ちょっと話そっか?」って言った後に言う言葉やった
かもしれんけど、つい「ごめんなさい(いや、別にそこまで悪いと思ってへん
くても)」を使ってしまってたうち。

この「僕(私)があなたを悲しませてる(罪悪感を感じさせてる)みたい」
という考え方はうちにとって目から鱗が落ちるほどの衝撃やった気がする。
(理解するのに時間はかかったけど

「ごめんなさい」「すみません」は相手への労いの言葉としても(?)日本では
多用するし、むしろ礼儀正しいことかもしれへん。

でもマークに言われて意識して周りを見渡してみた。
気づいたのは、その人自身は全然悪くのに「ごめんね」を連呼する人が多いこと、
多いこと
そして「ごめんね。」ばっか言われてると、確かに
「うち、そんなにあなたを苦しませてる?」と感じるようにもなってきた。

ここで、うちは「日本の文化」とよばれるものを聖書的な観点で見ることも
大切なんやな、と思った。

ほんまに悪いことをしたら謝るのは当然やと思う。
でも、悪いことをしてへんなら、ごめんね、よりも感謝の心、

「ありがとう」
という言葉の方が聞いてて心地いいかも、と思うようになったうち。
聖書でも「謝りなさい」ではなく「感謝しなさい」やもんね。

もしパウロが、「この長文の手紙を読むために、あなたの貴重な時間を使って
しまってごめんなさい。」って書いてたらどんな感じやったやろな。w

もちろん、「私なんかのために・・・」っていう謙遜な態度の表れなんかも
しれんけど、やっぱりうちは「あなたの時間をありがとう」と言われたいな。


まぁ、どちらにせよ、その言葉に「心」や「愛」が伴ってる必要があるんやろうけど。


今日の話は、別に国際結婚だけにでなく、人と人との関わり合い全てに関係する
もんなんかもね。

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テーマ : 国際結婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

初!国際結婚ネタ。

もー最近は色々あって、しばらくブログは書かんとこ、なんて思ってたけど、
やっぱりすぐに書きたくなるねんな。(笑) 今は実家。坊やが昼寝中に書いちゃうぞ〜。

うちのブログの紹介文に「国際結婚」なんて書いてるもんやから、国際結婚に興味のある方、
または国際結婚してる人がよく遊びに来てくれてたと思う。

で、でも、実は過去2年の間、「国際結婚」主題の記事は一個も書いてへん。w


特に大きな理由はないけど、しいていうなら、国際結婚=異文化間結婚なんっていうのは、
結局は、育った環境や家族との関係、そして男女の違い
行きつくもんであって、言うなれば全ての結婚が異文化間結婚に価すると思ってるから、
特に特筆することもないかな〜なんて思っててさ。


でも、探せばネタはいくつかあったので、超個人的な意見になるかもしれんけど、ちょっと書いて
みることにした。ちょうど最近国際結婚してるカップルとの交流も増えて来たことやしね。


いいとこも、悪いとこも含めて、うちの経験から書いてみるよ。


第一回は、「ありがとう。とごめんなさい。」です。


では、お楽しみに〜


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↑初利用。








当たり前〜幸せ半減の法則〜

まだ結婚してない時。ある牧師にこう言われた。

「今あなたが自分の家族に接しているように、結婚したら、将来マークにも
 同じような接し方をするようになるんだよ。」と・・・。

ちょっとショックやったうち。でもこれは絶対事実やな、と確信もした。

確かに今はいくら仲がよく、本音で話せて、我慢もできて
お互い理解し、気遣い合えてても、もしうちの家族に対する本質が変わって
なければ、結婚して「家族」になっちゃえば、絶対いつかボロがでるなって・・・。

もしうちが自分の家族に対して、優しくもなく、心使いもなく、ありがとうも
ごめんなさいもなく、空気のような扱いをしてるんやったら。
(って、そこまでひどくなかったけど。w 今は結婚前以上に大切に扱えるように
 なってるハズ。ま、毎日会わへんからその距離間も助けになってるんかな!?)


結婚して3年目。今でも仲良しこよしのラブラブカップルなうちらやけど、
でも、やっぱり少しずつ(か、前からか??)気の緩みも出て来た気がする。

そう、「やってくれて当たり前」って思い。

前々回の記事にも書いたけど、特に坊やが産まれてから、マークに対して
うちのお手伝いへの要求が増した気がするねんな。(いや、気のせいではないけど

「ってゆーか、うち寝不足やねんから、気をきかせてオムツくらい頼まんでも
 替えてくれたらいいのに。」とか

「早く帰って来てるんやったら(or休みなんやったら)もっと坊や見ててよ。」

なんて言い出したらキリがないくらいの不満・文句が続出する。

マークは家でのミニストリーの仕事もあるから(主にPCを使う仕事)帰宅は
普通のサラリーマンに比べたらずっとか早い。

マークおらんかったら自分1人でやってのけてしまうような仕事も
マークがいたら彼への期待が高まってしまう。
うちは色々用事せなあかんし、忙しいねんから、暇なんやったら(のように、
うち目線では見えてしまうねんな)手伝ってくれて
「当たり前」やん!って思ってしまう誘惑との戦いやね。


ほんまにこの態度は、うちらの関係だけでなく、自分の心、そして神様との関係にも
ヒビを入れると思うな。


相手が自分の期待通りに動くのが「当たり前」と思っていたら、うちらは
いつもいつも文句ばっか言うようになるし、喜びないし、がっかりする。

でも、もしうちが、「当たり前」と思わずにもっと謙遜な態度で、いつも感謝の心を
もってマークに接することができたら、それだけで毎日ハッピーやろな。

だって、そのハッピーは状況や人に支配されへんものやから。


結婚前に頂いた、幸せな結婚生活を送る秘訣のキーワード。

S Stop criticizing (相手を非難することをやめる)
T Thank you    (いつも『ありがとう』の感謝の言葉を。)
P Please      (お願いします、の一言を。)


結婚3年目。まだまだヒヨッコどころか、卵の殻に閉じこもったままの未熟なうちら。
(ってか、うち?w)
今年は一致団結したチームワークでこの秘訣を自分のものにしていきたいな、と
自分に言い聞かせるうちであった。。。

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↑結婚3年目。今年1年も神様パワーでGo Go Goって応援クリックお願いしま〜す。

山梨珍道中。

昨日、山梨から帰って参りました。なんだかんだで3泊4日の長旅。
結構疲れたかもしれない・・・。

でもそれ以上に充実してた旅

そんな山梨の旅を箇条書きにてご報告。

• 午前8時京都出発 午後3時山梨到着 予定通りの到着に満足げなMJM。
 京都から山梨までの道のり(高速)は分かり易い。
  
  途中、富士山や美しい山々に驚愕。やっぱりにっぽんは美しい

• 車の中ではもっぱらエンターティナー業に精をだす(客:坊や1人)
 絵本と「どうよう うたのえほん」が大活躍。

• 「駅」という概念がことごとく打ちのめされる。
  駅周辺に行けばなんかの店がある、なんて考えは甘かった!

• ある大学で行われている教会に出席。2時間半前に出たのに渋滞に巻き込まれ遅刻
  そこで、うちのブログを読んだことあるHさんと出会う。しかもAちゃんの証も
  読んでくれてた。日本のクリスチャンワールドせまいねぇ。
  (Hさん、これからAちゃんのこと宜しくお願いしま〜す

• 道に迷いチェックインに間に合わへん!しかもペンションの番号書いたつもりが
 載ってへんくてパニック。調べなあかんのに携帯充電切れてんのなぜですか?
 (Aちゃんおらんかったらやばかったわ
 
 道に迷うのはいつものことやけど、状況が状況だけに重い空気が車内に流れる。
 (Aちゃん、ほんまにごめんよ・・・)

• 森の中にブランドショップが点在していた。
 八ヶ岳アウトレットモールはまさに自然一体型のショッピングモール。
 おそらくそこで、お気にのスリング紛失(涙)
 (見つかるように祈ってくれると嬉しいです〜

• 後追いが始まってる坊や。でも、見知らぬ人にも手を振りまくる社交的な坊や。
 将来は「うぐいす嬢」ならぬ「うぐいすマン」か!?

• Aちゃんの自宅近くのレストランへ最後の晩餐。

 うち 「ここ禁煙ですか?」(禁煙席ですか?と本当は聞きたかった)
 店員さん 「いえ、大丈夫です。」と灰皿用意。

 お互い通じ合うのに約3分。

 そして、「焼き肉定食」を注文したはずが「豚ロース定食」がいらっしゃった。
 新人さんやったためか、交換してもらうプロセス10分以上。

 突っ込みどころ満載の楽しいお食事タイム。

• 夜から雪が降り始める。次の朝は一面銀幕の世界に。
 普通車&チェーンなしのうちらは一瞬「ここに隔離される?」と恐怖に襲われる。

 感謝なことに朝食後は晴れ、無事清里に向け出発。

• 実は12年前に友達と来たことがある清里。
  そんなに遊ぶとこもないし、さびれてんなぁ〜と思ってたケド、今回は
  美しい景色とのんびりした雰囲気をご満悦。年とった?w

• 清里は、ポール ラッシャー というクリスチャン(宣教師)によって開拓
 された土地らしく、彼は「清里の父」と言われてる。その影響か、この辺りには
 クリスチャンも多いらしい。

• 露天風呂とめっちゃおいしい食事を堪能。でも、腹7分目のうちはマークに
 食糧調達を頼む。(やばいくらい食欲があるうち・・・)

• 結婚3周年を気持ちお祝い
 (気持ち、というのは坊やがいたら集中力にかけるねんなぁ

• 予定より早く午前11時出発 結構すいてて午後4時頃京都着。
 途中坊やは泣きわめいたり、寝たり色々。うちらも疲れたけど、坊やもきっと
 疲れたやろね〜 

今回の旅では、総合的に自分の弱さを見たり今後の課題や考えることが満載やって、
しかもAちゃんとの別れ(?)もあり、両手あげて「めっちゃ楽しかったよ〜
と言うのは実はちょっと難しいけど、それでも神様大感謝の旅やった気がする。

前回の「結婚」についての学びは機会があればまた次回。

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